学術

小特集 東日本大震災と雨水正しく知ろう、放射能と雨

あまみず編集委員 神谷 博

雨に怯えないために

 福島第一原子力発電所の事故は、放射能汚染という取り返しのつかない事態を招いた。その影響は、大気から雨、川、土壌、海に及び、地球全体に拡散している。農作物や魚貝類も皆汚染され、生物濃縮されて、その影響は今後も長期に及ぶ。大地震、大津波に加え、原発の被害までも被った多くの被災者がいることを、重く受け止めなければならない。影響は東京を含む広い地域に及んでおり、特に幼児を抱えた母親たちが放射性物質に怯えている。雨に濡れてしまったが大丈夫か、という問い合わせが自治体や国に多く寄せられている。事故当初、「黒い雨」という言葉が飛び交い不安が煽られた。既に大気中の放射線量が下がった東京などでも、今も雨が降ると子供を外に出さない親も多いという。不安に感じるのは当然のことだが、現実を正しく把握することが先ず大事なことである。

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図1.福島第一原発から漏れた放射能の広がり
(早川由紀夫の火山ブログより 群馬大学早川由紀夫教授2011.6.18作成)

「黒い雨」は降ったのか
「黒い雨」という言葉が広く知られるようになったのは、井伏鱒二の小説「黒い雨」と、これを映画化した今村正平監督の「黒い雨」によるところが大きいと思われる。元は広島と長崎に投下された原子爆弾の爆発に伴って直後に降った放射性物質を多量に含んだ黒く大粒の雨のことである。この雨を浴びて被爆した人たちも多い。爆発による激しい上昇気流と粉塵や溶融した金属などが細かい粒になり、これが雨の核になって大粒の人工雨となったのが黒い雨の実体である。その意味では、今回の原発事故で流布された「黒い雨」は正確とは言えない。しかし、爆発の後、「黒い雨が降る」というチェーンメールが流れたこともあり、不安心理が拡大した。原爆の爆発には比べるまでもないが、それでも決して小さな爆発ではなく、立ち昇る大きな噴煙はテレビの映像からも見て取れた。これが放射性物質を多く含んだ雲となり、降雨と重なり飯館村などに汚れた雨をもたらした。[図1]

雨水利用に不安はないか
雨水利用に関わってきた人たちにとっては、「黒い雨」というような言葉は有難くなく、できれば安易に拡大解釈して使いたくはない言葉である。悪いのは「雨」ではないからである。しかし、今やこの問題を避けて通ることはできない。私自身も大学で学生に生態系や水系の話をしなければならず、あらためて勉強し直した。雨水を安全に使うためにはどうすればよいのか。初期雨水カットがきちんとできていればそれで除去できるのか。政府の当初の発表では花粉のようなものという言い方もあったが、では水に溶けないのか、俄かに信じることはできない。そもそも放射性物質の研究をしている研究者が極めて少なく難しい分野である。放射性物質といっても今回の事故に関わるものだけでもヨウ素131やセシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239などの他に多くの放射性物質の種類があり、その化合物も含めてそれぞれに性質が異なるが、どれもイオン化して水に溶ける。従って、除去も簡単ではなく、イオン交換樹脂などが必要となる。そこでゼオライト(アルミノケイ酸塩)や活性炭などを用いた処理技術の探究が急がれており、除去試験研究のレビューを行いながら汚染水処理に対処するという状況にある。残念ながらお寒い実態である。しかし、それも他人事ではなく、では私たちの雨水利用はどうすればよいのか、これも確実な答えはなく、これから考えるしかない。

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図2.日常生活と放射線(文部科学省)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/03/__icsFiles/afieldfile/2011/03/18/1303849_1.pdf
* 政府が安全の目安として示している表であるが、やむを得ず被ばく量の規準を引き上げた後のものである。100,000~250,000マイクロシーベルトの被ばく量は急性障害のしきい値(確定的影響が出る最低値)とされている。これより低いレベルは低線量被爆と呼ばれるが、障害は晩発障害で確率的影響があり、しきい値はないと言われている。被ばく量は少ないに越したことはなく、低レベルでもそれに応じて何人かに影響が出る。

安心できる雨水利用を
現状は、大気中の放射性物質の量が少ないから大丈夫、とは言いにくい状況がある。低線量被爆の問題も答えが見えていないからである。[図2] そのため、こうすれば安心、という確かな方法を示すことが求められる。原発の放射性物質を考えることは、雨水利用にとっても新たな段階に入ったと認識すべきである。利用者にとっても、事業者にとってもこれまで以上の安全、安心な取り組みを見据える必要がある。雨水の利用者は必ず「安全ですか」と聞いてくるだろう。その時、雨水は真に防災の切り札でなければならない。今回の災害でも水のライフラインが最も復旧に時間がかかった。下水道は当分の間めどが立っていない。質の高い雨水をできるだけ多く備蓄することは、今後のまちづくりにとって必須の条件になると思われる。用途により雨水利用の方法は異なるとはいえ、初期雨水カットや沈殿、ろ過、フィルターの性能を高め、備蓄量も確保されたシステムが標準仕様になれば、安心して雨水利用に取り組めるようになるだろう。そして、皆が雨水の水質に敏感になり、その程度を自ら判断し使いこなす術も身につける必要がある。[図3] そうすれば、現状では、恐れるに足らないレベルであることを確信できるだろう。置かれている状況は上水道の水質も同じであり、ライフラインに頼るだけでなく、ライフポイントとしての「雨水自立」を目指して、心も技術も磨いていきたいものである。

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図3.東京の放射線量(東京都環境安全研究センター)
http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/graph.html
* 放射性物質の拡散は東京にも及んでおり、3月15日には比較的大きな数値が観測されている。その後、放射線量は減少して安定してきているが、事故前に比べてやや高止まりしており、低レベルの汚染は継続していると見られる。

 

放射能と雨の関係

東日本大震災の直後、3月12~15日に福島第一原子力発電所で4回の水蒸気爆発があった。放射能が拡散し、国は住民に対し20km圏内は立ち入り制限、30キロ圏内及び飯館村等の年間20mSvを超える恐れのある地域は「計画的避難区域」として避難を求めた。この放射能は風に乗って関東地方にも到達した(図1参照)。
大気中に拡散した放射能は放射性ヨウ素と放射性セシウムがほとんどであったが、これらは水に大変溶けやすい性質であり、空気中の水蒸気と一緒に雲となった。ちょうど3月21日~21にかけて関東地方一円にかなりまとまった雨がふったときに、放射能も一緒に地面に落ちたと思われる(表1参照)。4月になってからは、放出した放射能も少なくなって雨が降っても、雨とともに落ちてくる放射能は少なくなってきた。
ヨウ素もセシウムも土に強く吸着されることから、土の表層に留まった。その結果、土から発する放射能が、空間線量として観測され、農作物等が土から放射能を吸収して汚染された。その土が汚された地域は、図1のように同心円ではなく、斑があり離れて高くなっている地点もある。放射性ヨウ素131は半減期が8日であるため、現在は観測されていないが、放射性セシウム137は30年、放射性セシウム134は2.1年である。
また、地下水や海の汚染も懸念される。東京電力は、6月中旬に福島第一原子力発電所の取水口付近の海水及び1、2号機付近の地下水からストロンチウム90、89が検出されたと発表した。また、6月下旬には、福島第一原子力発電所から20km離れた沖合いの海底の土からストロンチウム90、89を検出したと発表した。地下水への汚染や海産物への影響が懸念される。まだまだ、放射能とのお付き合いが進行中である。
(高橋朝子)

スライド1

表1 放射性降下物と降水量(文部科学省及び気象庁HPより作成)
*Cs-134は4月24日から計測を開始、それ以前不明。

 

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