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オンライン:25周年記念特別座談会 第3回「雨+世界珍道中」参加募集

雨水市民の会 雨タスサロン担当

雨水市民の会は、1994年に墨田区で行われた「雨水利用東京国際会議」の実行委員会を母体として1995年に発足しました。2020年度は25周年となり、原点を振り返る座談会シリーズを企画し、コロナ禍の中、座談会をオンラインで、これまでに2回実施しました。第3回は世界の雨水活用の実態を知りたいという貪欲な姿勢で、アフリカ、ハワイ、中国、ドイツ、トルコ・イラン、ペルー・ブラジルなど世界中を見て回った様子を、参加した人たちが交代でエピソードを交えて語ります。
いずれも日本より雨が少ない地域です。例えば砂漠地域はどんな雨水活用をしていたのでしょうか?
会員の皆さまにはすでにメールでお知らせしてありますが、会員以外でも無料で参加できます。希望の方は、雨水市民の会事務局(office◎skywater.jp   ◎を@に置き換えてください)へメールでお知らせください。
日時:2021年2月28日(日)15:00〜17:00(多少時間を延長する場合あり)
内容
①アフリカ(ケニア、タンザニア、ボツワナ)の雨水利用
②ハワイの雨水利用
③中国のヤオトン雨水利用・蘭州の121プロジェクト
④ドイツの雨水利用
⑤トルコ・イランの雨水利用(カナート)
⑥ペルーのフォッグキャッチメント、農業支援団体「イルパ」の雨水利用
(左)カナートの構造  (右)ヤオトンの穴ぐら水 (ともに「空と海と大地をつなぐ 雨の事典」より)

(左)カナートの構造  (右)ヤオトンの穴ぐら水 (ともに「空と海と大地をつなぐ 雨の事典」より)

これまでに行った座談会

第1回「雨+徳さん:路地尊、天水尊はいかにして誕生したか」2020年11月22日(日)実施

1995年1月に発生した阪神淡路大震災では、天水尊100基を運び込み、神戸市の市民に飲み水を入れる器として活用してもらった。左が徳永暢男さん。

1995年1月に発生した阪神淡路大震災では、天水尊100基を運び込み、飲み水を入れる器として活用された。左が徳永暢男さん。

(故)徳永暢男さん、通称「徳さん」は、雨水市民の会の前会長で、すみだの雨水活用の代名詞とも言える路地尊、天水尊の生みの親(のおひとり)でもありました。その徳さんを偲びつつ、1994年にすみだで開かれた雨水利用東京国際会議以前のことを中心に、向島の防災まちづくりと雨水活用の始まりを語り合いました。スピーカーは地元で徳さんと馴染み深かった佐原滋元さん、高原純子さん、伊藤林さん、松本正毅さん。さらにゲストとして山本俊哉さん(明治大学教授、元マヌ都市計画研究所研究員)にお話しいただきました。初めて聞く話や当時の貴重な資料も満載でした。

徳さんは、プラスチック加工の職人で、路地尊、天水尊の他にも、バングラデシュ では現地の材料を工夫して雨水タンクの製作にも携わりました。とにかくすぐにアイデアを模型にしてみんなの意見を聞き回ります。雨水利用東京国際会議の後に、阪神淡路大震災が発生した時は、真っ先に現地へ天水尊を持って行き、給水車からの飲み水を入れるタンクとして設置して地域の住民に感謝されたそうです。災害に雨水利用が役立つという思いは、幼い頃に戦災に会った経験が記憶にあったからなのでしょうか。

第2回「雨+雨水利用東京国際会議」2021年1月31日(日)実施

1994年8月6日、雨水利用東京国際会議が無事終了。笑顔の実行委員会の面々。

1994年8月6日、雨水利用東京国際会議が無事終了。笑顔の実行委員会の面々。

村瀬誠さんが進行役として、墨田区が国際会議を引き受けた経緯や実行委員会の立ち上げなどを話しました。アイデアコンテスト、電車中吊り広告の申し入れ、翻訳ボランティアなどの活躍により、墨田区を越えて多くの市民が参加し、準備しました。1994年8月、当日は各国の研究者による発表の他、三宅島・雨水利用オプショナルツアー、子どもたちによる雨水探検隊、雨の文化座談会、雨水ランド、雨水の茶会、盆踊りなど、大変な賑わいとなり、幅広いジャンルの市民イベントとなりました。後日、日本での技術的な研究レポートやアイデアコンテストの内容をまとめた書籍が、「やってみよう雨水利用」(当時は北斗出版が発行、現在は当会が販売)として出版されました。

スピーカーとして、山本耕平さん、松本正毅さん、伊藤林さん、佐原滋元さん、柴早苗さん、小川幸正さん。ゲストとして、中臣昌広さん(文京区本郷保健所職員・当時の所属で以下同様)、佐藤清さん(江東区営繕課主査)、高井征一郎さん(株式会社トーテツ代表取締役)、小板橋一之さん(墨田区企画経営室企画担当主事)、遠藤隆史さん(墨田区企画経営室企画担当主査)、人見達雄さん(東京都日野保健所職員)をお招きし、当時を振り返ってコメントをいただきました。

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