行政

「雨水法」 …雨水に関する法律を考える

編集委員:村瀬誠、高橋朝子

「雨水の貯留、浸透及び利用」をLawイラスト1
社会の仕組みにするために、
雨に関わる法律を束ね、新しい法体系を。

気候変動による大洪水や大渇水の発生による都市災害が危惧され、一方では省資源・省エネルギーで持続可能な都市が求められています。その有効な対策は、雨水の貯留、浸透、及び利用を進めることです。雨水の貯留、浸透及び利用を進めること、すなわち「雨水(あまみず)活用」は、これからの都市が、持続可能な社会を実現していくためのキーワードと言えるでしょう。

しかしこれを推進しようとした時、幾多にわたる水に関わる現行の法律が様々な壁として現れ、なかなかスムーズには進められないという現実があります。雨水の価値を認知する新たな社会には、現行法では届かない不備を補った新たなルールづくりが求められます。それを「雨水法」とでも命名するべきでしょうか。今回は、その夢の法律の整備を展望しながら、雨水に関連する複数の現行法の課題や問題点を探ってみました。

排水型都市を作った下水道から、
雨を”保水する”下水道へ

明治33年の旧下水道法制定以来、その歴史からいっても、下水道の本命は洪水の防止にあります。都市において雨をいかに速やかに排水するのか、それが下水道に課せられた任務でした。しかし、急速な都市化で今それが裏目に出ています。東京都心に象徴されるように、都市化が急速に進み雨が地下に浸透しなくなると、雨水が一挙に下水道に押し寄せます。大雨の際にはさばききれなくなった下水が逆流を繰り返すようになってしまいます。いわゆる都市型洪水です。

そして今、短時間集中豪雨で逆流した下水が地下室を襲ったり、下水管から大量の雨水が一挙に都市河川に押し寄せたり、あるいは、下水道工事中に水かさが一挙に増して尊い人命が失われるといった、このインフラに起因する災害が次々に起こってしまっています。*1

下水道法では、第2条第1項において「下水とは、汚水又は雨水」とし、雨水を下水として位置付けています。また、第2項においてその下水を排除するために設けられる下水管、下水処理場及びポンプ施設などの総体を下水道と称しています。 要するに雨水を排除する対象としてしか捉えていません。そしてこの考え方の元では、雨の量が増えるならなんとしても排水せねばと、大きな下水道施設を作ろう、地下に巨大な水路を築こう、といった方向に力が注がれてしまいます。

しかし環境のため、安全のために豊かな水の循環を都市に再生したい。雨水を溜めたり、浸透させたりしてその場にできるだけ溜めおきたい。そうした排水型都市から保水型都市への転換が求められている時代です。雨を全て排除するという現在の役割りを見直し、地域の水循環の中に位置づけ直す、新しい下水道法が願われていると言えるでしょう。

鶴見川都市化による流出量増大v2

図1 都市化による洪水の大型化 『鶴見川水マスタープラン』より市街地が拡大したことにより都市化が進む前(昭和33年)と同じ雨でも、洪水のピーク流量が約2倍(平成2年時点)になっており、鶴見川流域の洪水に対する脆弱さがうかがえる。

河川だけでなく、
流域全体の治水へ

河川法もしかりです。下水道と合わせて雨水の排水下水道と合わせて雨水の排水を担っているのは河川です。その河川法にも大きく2つの課題があります。

第一に、急速な都市化に伴い雨水のピーク流出量が増大している問題です。短時間に河川の排水能力を超える雨水が河川に押し寄せ、都市河川は氾濫を繰り返すようになっています。東京都と神奈川県を流れる鶴見川は、1965年以降、急速に都市化が進み、流域の保水、浸透機能が大幅に低下し、結果として水害が頻発しました(図1参照)。河川整備のみでは治水の効果があがらないと、「統合治水対策」の先駆けとして、1976年以降河川管理者や流域自治体等が連携して、遊水地等の設置に取り組んできました。その取り組みが種となり、2003年6月の「特定都市河川浸水被害対策法」の制定に結びつきました。これは、指定した都市河川流域の浸水被害対策の総合的な推進、雨水貯留浸透施設の整備などを行うことにより、浸水被害の防止対策を進めることを目的にしており、鶴見川はその指定第一号となりました。しかしこの法律は、一定規模以上の開発には適用されますが、小規模な住宅開発や既存の施設などに対する規制はなく、結局は貯留対策が確保できていないなど、限界も見えてきています。

2009気象変動レポート集中豪雨50ミリ

図2 「気象変動レポート2009」(気象庁)より 1時間降水量80㎜以上の年間発生回数(1000地点あたり)

第二は、気候変動への対応です。これまでの河川整備計画は、50年に1度、100年に1度起きるような大雨に備えて実施されてきましたが、その想定を超えるような大雨が降ることが珍しくなくなりました。例えば、1時間あたり80㎜以上の豪雨の回数を経年で比較してみると、1976~1988年の平均9.9回、1987年~1997年の平均11.5回、1998~2009年の平均18.0回と除々に増加しています(図2参照)。また、気候変動に伴い、今後北半球では降雨量が10%~20%増加すると言われています。これは時間当たり80mmの豪雨の確率が100年に1回であったものが、30年に1回にあることを意味します*2。

これらの課題を解決するためには、今、河川の整備のあり方を根本的に見直す時期にきていると言えるでしょう。河川法が河川だけを考えて「治水」しようとするのではなく、「知水」、つまり河川に流入する水の出所を知り、この対策を講じられるようなルールで流域全体を俯瞰して河川の管理をしていくべきなのです。

斬新な下水道と河川のコラボレーション

この様なことから近年、都市の水を排水するための担い手となってきた下水道や河川のあり方を見直そうという動きが政府の中にも出てきました。2007年3月に国土交通省から「都市における安全の観点から雨水の貯留浸透の推進について」*3という国交省の下水道部、河川局を含む11人の各課長名による通達が、全国の地方整備局担当部長宛に出されました。雨を排出すること一辺倒の治水はもう限界であるとし、国を挙げて雨水の貯留、浸透を推進していく方向性を打ち出しました。この流れを受け、2010年には、「雨水浸透施設の整備促進に関する手引き(案) 」*4が国土交通省の地域整備局下水道部及び河川局治水課によって作成されました。雨水浸透施設の整備、雨水浸透能力の定量化、雨水浸透効果の下水道計画への反映、適切な維持管理等など、一歩踏み込んだ手引きとなっています。まさに、河川へ速やかに雨水を排水することから、流域全体で雨水を貯留したり、浸透させたりして、いかにゆっくり流す仕組みを多様に作るかということへの転換です。これまでは部署ごと個別に雨水に対応してきた政府が、問題の本質に向き合い、今日の治水の達成に共同で向かおうという動きは大きな変化であり、期待がかかります。

しかし治水は、行政だけが担ってできるものではありません。流域の企業や市民も治水対策への理解を深め、一丸となって取り組む体制作りも必要でしょう。

雨を流さず、受けとめよう…
建築物、道路、公園に降った雨を
下水道につなぐ前に…

建築基準法では、第19条第3項において、「雨水と汚水を排出又は処理するための適当な下水管等の施設を設けること」としています。道路法、都市公園法においても同様のことが言えます。建物や道路や都市公園は、都市の面積の大部分を占めていますが、これらを管理する法律は現在のところ、雨水は建物から排出し、下水にすみやかに流すだけのものとして捉えています。雨水の貯留、浸透及び利用などの規定はありません。これは裏を返せば、増大する降雨が洪水をもたらしているのではなく、降雨による洪水や被害の出水源をこれらの法律が作り出してしまっているともいえるのです。都市全体の土地利用などを定める都市計画法でも、雨水活用の観点から都市機能のあり方や用途地域、容積率、建ぺい率等を見直せたら、どれほど豊かで安全な街がつくれるでしょうか。

雨水が資源であるという視点、地域水循環の要であるという視点、都市が大地と空の間を循環する水によって生かされていることを再認識する。都市を形成する為の各法がそうした発想で見直されるべきでしょう。

都市の水資源を捉え直そう。
複数水源・複数用途をめざして…

1960年代の高度成長と都市への人口増加に伴い、水需要が増大するなか、安定的な水利用を確保することを大命題に、水資源開発と称して遠くの水源に頼るべく多数のダムが建設されてきました。そして全国の都市に水道が完備されました。水系伝染病を激減させた点、清浄な水を安定して給水することを可能にした点、現代社会はこの水道の普及によって大きな恩恵を預かってきたと言えます。しかし、水道が国土全体にほぼ普及した現在、水道法第1条に掲げられる「清浄にして豊富低廉な水の供給」という目的は、もう一度問い直すべき時を迎えているのではないでしょうか。例えば、「豊富」。好きなだけ水を使う時代は終わりました。水資源は有限です。次に「清浄」。これも、水源の上流からの汚染が進み、とてもそのままでは飲めないので高度処理を余儀なくされています。高度処理は水処理コストやエネルギーを上昇させます。加えて、ほぼ普及が進み水道は更新管理の時代となっていますが、老朽化していく設備を維持管理していくことにも膨大なコストがかかり、「低廉」も難しくなります。安全な水を得るための現在の水道設備は、省資源・省エネルギーの観点からも課題があると言えるでしょう。トイレの洗浄や散水には、多くのエネルギーを使って浄化する飲み水と同じ水質を用いる必要はないでしょう。

現行の水道法は資源としての水をどこからどのように得るのか、また環境やエネルギー問題にいかに配慮するかといった視点で見直されるべきでしょう。遠いダム湖に水源を求めずとも、考えてみれば頭上に水源はあるのです。東京でいえば、年間に使われる水の量約20億トンを上回る約25億トンもの雨が降りますが、これをまるでごみのように下水に捨ててきました。しかし、捨てれば洪水、溜めれば資源です。ダム開発が限界に達し、既設のダムも年々堆砂で有効貯水量が減少していくことを考える時、「都市の雨水は水資源である」と法的に位置づけ、積極的に活用していくべきではないでしょうか。しかし現在、水道の敷設及び管理こそをうたう水道法ですが、雨水タンクのことや井戸水についての言及は皆無です。水道を公共水道とすれば、雨水や井戸水は、「個人水道」にあたるといえるのかもしれません。(これらの水源は自己責任において利用するのが原則となっています。)公共水道と個人水道、下水処理水の再利用など、複数の水源を視野に入れ、確保・供給を網羅する新しい水道法が願われます。

また現行水道法には、他にも節水機器等の設置や、質毎に用途を定める等、これまでにはなかった視点を入れて整備していく時がきていると思われます。

雨水は天然の蒸留水、
高い水質を活かし用途を広げるルールを

水道法上では言及されていませんが、実際に大規模なビルや団地では飲み水である水道とは別に、トイレや散水など、雑用に使う水を別配管で設置している施設があります。この利用基準のもとになっているのは建築物の衛生的環境の確保に関する法律(通称建築物衛生法)です。「雑用水」と呼ばれ、その水源として雨水、井戸水、下水処理水等などを想定し、また用途は水洗トイレ、散水、池などの水に限定しています。そして塩素消毒が義務付けられています。また学校保健安全法に定める学校環境衛生基準でも残留塩素濃度の規定があります。

しかし、そもそも下水処理水と雨水を同様に取り扱うことに疑問符が付きます。なぜならその原水の水質がまったく異なるからです。前者は、し尿や雑排水であり、処理水中には糞便由来の細菌、ウィルス及び原虫類などの他、様々な化学物質が含まれます。これに対し、雨水は本来、蒸留水です。糞便由来の微生物汚染の機会はほとんどなく、有害な化学物質の汚染度合も下水処理水に比べればひと桁低いのです。たしかに、都市部では雨水は大気汚染の影響を受けますが、集水する場所を選んで最初の降雨を2㎜カットした後は、汚染の度合いは10分の1に低下します。したがって簡単な処理により、トイレはもちろんのこと、冷却用水、洗濯などの用途に利用が可能です。雨水は栄養分が低いので塩素消毒をしなくても、細菌の増殖で水が”腐る”心配はありません。

今後は、雨水を「雑用水」とは区別し、「雨水」という独自の分類におき、関連法規もそれに見合った形にしていく必要があるのではないでしょうか。そして天然の蒸留水である雨水の利用用途を拡大していくべきでしょう。

雨水関連の制度化をめぐる最近の動向

以上のように、現行の日本の法体系の、水、すなわち雨水に関わる分野は、水(雨水)の循環に対する配慮が欠けた法体系であったのではないでしょうか。今後、都市化の弊害の緩和、気象変動、環境エネルギー問題等に対応するために、その根源的対策となる雨の貯留、浸透、利用が普及促進させられるよう、法の整備が願われます。いわば「雨水法」と呼べるような法体系づくりが求められているのです。多くの識者、市民の声を束ねながら、具体的な方策・行動を取って行くべきと考えます。

一例として、日本建築学会では、2007年度から建築における雨水活用システム規準作りに取り組んできましたが、2011年3月にはその成果がまとめられ、「雨水活用建築ガイドライン」ができあがるということです。(詳しくは本号3Pを参照。)ドイツでは、ドイツ工業規格(DIN)において雨水機器の規格が定められており、雨水活用が産業として成り立っていて、近年では、それがEU諸国にも広がりを見せています。日本建築学会の取り組みもこのDIN雨水規格に刺激されて始まりましたが、建築学会における規格づくりは、「雨水活用」を法制度化していく上での弾みとなるでしょう。

また自治体では、雨水の貯留、浸透及び利用を総合的に推進するために、すでに墨田区や千葉県市川市などでは条例化の試みが始まっています。自治体単位での雨水の活用は総合的な施策を推進する上で大きな力を持つのは間違いありません。しかし、水(雨水)は自治体の境界を超えて循環するものであることから、各自治体ごと個別の対応だけでは実効性に限界があるとも言えます。そこには、治水、利水、防災、環境及び都市計画などを、雨水を中心に流域全体で捉えて考える発想が必要でしょう。

今、国会では、超党派議員で構成する「水制度改革議員連盟」(共同座長代表中川秀直氏)による「水循環基本法」の制定を目指した動きがあります*6。その元になっているのは、2009年12月に水制度改革国民会議によりまとめられた「水循環政策大綱案及び基本法要綱案」*7です。これまでの水行政では、水と水循環の根源的な重要性を踏まえた基本理念が共有されず、縦割りによる分断的な水管理が行われてきました。その結果、洪水や渇水の脅威に対して極めて脆い社会となり、生態系への著しい影響が顕在化し、微量化学物質の水循環系への侵入が人々の健康を脅かすようになってきてしまいました。要綱案は、このことへの危機意識からまとめられ、総合的かつ地方主権的な水管理の方向性を示し、健全な水循環の形成のために講じられる施策を総合的に推進するための提言となっています。雨水の循環と活用は水循環基本法の根幹を形成する大切な要素となっています。都市における雨水管理を総合的に行う施策は、根本的でかつ効果的な対策となるでしょう。今後の水循環基本法にまつわる動きを注視し、支援していきましょう。

近い将来、「雨水法」のコンセプトが現実化して、私たちの暮らしに潤いと本当の豊かさをもたらす日が来ることを願います。

*1 2008 年神戸市都賀川の事故:7 月28 日、短期集中豪雨が襲来。神戸市民憩いの川、都賀川では急激な増水により人命が失われるという痛ましい事故があった。その本質は急速な都市化と徹底した雨水の排除によるものといえるのではないか。あまみず50 号(2008.5 発行):特集「災害と雨」P4 参照
*2 あまみず53 号(2010.2 発行):特集「気候変動に伴う水危機に都市はどう立ち向かうのか?」P7 参照
*3「都市における安全の観点から雨水の貯留浸透の推進について」(平成19 年3 月・国土交通省) http://www.mlit.go.jp/crd/city/sewerage/info/sinsui_taisaku/070427.html
*4「雨水浸透施設の整備促進に関する手引き( 案) 」(平成22年4 月・国土交通省地域整備局下水道部及び河川局治水課)http://www.mlit.go.jp/report/press/city13_hh_000104.html
*5 あまみず55 号( 2010.10 発行):特集「天然の蒸留水、雨の水質について考えてみよう」P4 参照
*6 あまみず54 号( 2010.6 発行):「縦割りの水制度を改革し、水循環の復活を!」稲場紀久雄 P12 参照
*7 水循環政策大綱案及び基本法要綱案:http://mizuseidokaikaku.com/report/report21.html

村瀬 誠 Murase Makoto
雨水市民の会理事、あまみず編集委員、東邦大学薬学部客員教授、
天水研究所代表。
高橋朝子 Takahashi Asako
雨水市民の会理事、あまみず編集委員。足立区保健所職員。

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