世界の雨水

ペルーのフォッグキャッチメント・ブラジル北東部の雨水利用とその後の水事情(「雨+世界珍道中」より)

2021年2月28日(日)に実施した雨水市民の会創立25周年の特別座談会「雨+世界珍道中」では、アフリカ・ハワイ・中国・西アジアと旅が進みました。今回は6名で1999年6月26日〜7月11日の行程で訪問した南米のペルーとブラジルです。ペルーのフォッグキャッチメントは今関久和さんが、ブラジルの農業支援団体「イルパ」の雨水利用は柴早苗さんがスピーカーをつとめ、振り返りました。

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図2 ペルー及びブラジルの地理

図2 ペルー及びブラジルの地理

究極の水集め、ペルーのフォッグキャッチメント

ペルーは、海岸砂漠地帯(コスタ)、アンデス山脈の山岳・高原地帯(シエラ)、その東側に広がるアマゾン熱帯雨林地帯の森30%が集まり年間降水量(平年値)は2.2mmですが、アンデス山脈を源流とする川が流れ人々を潤しています。

海岸線に沿って北上する寒流のフンボルト海流(ペルー海流)に加えて、冷たい空気の塊である南太平洋高気圧により、コスタは空気が冷たいため上昇気流が起きにくく、雲ができず雨はほとんど降りません。シエラでは東のアマゾン熱帯雨林(セルバ)からの湿った空気がアンデスの高い山々にあたって雲となり雨を降らせますが、西側のコスタには雨をもたらしません。その代わり、コスタでは冷たい空気が大気中の水蒸気を凝縮して、特に7〜9月の冬の時期に霧が発生しやすくなります。

リマ近郊では、この霧を「フォッグキャッチメント」して植栽等の散水に利用しています。ペルーの霧利用は、1984年からラ・モリナ国立農科大学のピンチェ(Mr. Cristobal Pinche Laurre)氏が装置を設けて研究を開始したことから始まり、あまり古いものではありません。チリでは飲料水として利用している場所もあるそうです。

リマから北へ車で1時間半程度のワラル州のパサマヨ地区では、国の交通管理省が道路の維持と農業の育成のために60kmに渡って植林をしていました。霧利用で得られた水はその植林の散水に使います。管理事務所の脇には1,200㎥の貯水池があり、さらに先の海抜400mの砂丘斜面に霧を捕らえる黒色のネットが設置されていました。ポリプロピレン製のネットの大きさは縦2.7m×横35mで、竹の棒の支柱、下部にはビニール製の水受け樋がありました(写真1、2)。ネットの網目は光の透過率が20%程度で効率よく集水できるとのことでした。このようなネットを9カ所に設置し、ネットの総面積は1,000㎡あります。7〜9月の冬場の夜を中心に1日8〜10㎥集められていました。地中に埋設されたビニール管から数百mおきにあるコンクリート製貯水槽(約20㎥)に溜められ、得られた水を係員が定期的に水撒きをするとのことでした。

リマ市内の私立学校では、ネット30個、総面積1,200㎡に1日3㎥の水を集め、植栽に利用している所を見ました。集めた水は黒く濁って見え、土埃の他、自動車の排気ガスによる大気汚染が原因と思われました。

ワラル州・ラチャイ地区の国立公園内では、1991年に15基設置して、管理主体や維持費用負担の曖昧さで1基しか残っていませんでした。また、リマ市郊外の低所得者層が住むアト・コンゴ地区では、生活用水の確保のために設置した装置が、一式盗難にあってしまったなど、悲しい実態もありました。

写真1 ワラル州パサマヨ地区のフォッグキャッチメント 写真2 霧を捕らえるネットから樋へ滴る 

写真1 ワラル州パサマヨ地区のフォッグキャッチメント  写真2 霧を捕らえるネットから樋へ滴る

農村の暮らしに根差した「イルパ」の活動

図3 I.R.P.A.A.の活動模式図 (Mr.Johann Gnadlinger の国際会議資料より)

図3 I.R.P.A.A.の活動模式図
(Mr.Johann Gnadlinger の国際会議資料より)

第9回国際雨水資源化学会がブラジル北東部の、全長3,000㎞のサンフランシスコ川の中流域にあるペトロリーナで開催され、リマからペトロリーナへ飛びました。

ブラジルは日本の23倍の広大な国です。北部は年間降水量が2000mmを超えるアマゾン熱帯雨林地帯、中部はブラジル高原などの半砂漠型乾燥地帯、南部は温帯性気候、訪問した北東部は半乾燥熱帯気候です。ペトロリーナは年平均降水量500mmですが、降雨が不規則で、特に冬に干ばつに見舞われることが多い地域です(近年の降雨状況は後述)。サンフランシスコ川からの灌漑によって不安定だった農業生産が改善されましたが、恩恵を受けたのは川から数キロまでの大規模農家のみで、零細農家は生活が破錠して大都会へ職を求めて出て行くことが恒常化している地域でもあります。

国際会議の事務局をした「イルパ」(I.R.P.A.A.:Instituto Regional da Pequena Agropecuaria Apropriada ポルトガル語名の略称)は、農業支援を行うカトリック系のNGOです。1990年に発足し、小規模な農畜産業を地域に根付かせるための実践組織です。サンフランシスコ川を挟んでペトロリーナの向かい側にあるジュアゼイロに事務所があり、近隣の州の5地域で農業従事者6000人への指導を展開していました。①雨期に降った雨をためて乾期に備え乗り切る*1、②乾期でも育つ適当な餌で小型の羊やヤギ*2を飼う、③少雨でも育ち乾燥に強いソルガムやレオセイナなどの品種を植えるなど、この地域の過酷な気候に則した農業指導や指導者の育成が主な活動です(図3参照)。イルパのトレーニングセンターを見学しました。建物ごとに様々なタイプの雨水タンクが設置してありました(写真3、4)。

写真3 イルパのトレーニングセンター内の研修宿泊所の2連タンク(各20㎥) 写真4 同センターのモデルハウスの地中埋込型のタンク

写真3 イルパのトレーニングセンター内の研修宿泊所の2連タンク(各20㎥)
写真4 同センターのモデルハウスの地中埋込型のタンク

*1 乾期に雨水タンクの水がなくなったら、灌漑用水をろ過して使う。各種ろ材の積層方法も当センターで伝授している。
*2 ウシは1日あたり53ℓの水を必要とするが、ヤギは6ℓの水で済む。ウシ1頭分の経費でヤギ20頭が飼える。

その後の水事情

ペルーのフォッグキャッチメントの進展と地球温暖化による氷河の減少

ペルーは、上水道に接続していない人が、都市部で162万人(2013年・上水普及率93%)、農村部で274万人(2013年・上水普及率63%)います。リマの劣悪な環境にいる人たちを救うために、2005年から”Movimiento Peruanos Sin Agua”(水がないペルー人のための運動)と呼ばれるNGOが、グーグル等のスポンサーの支援のもとフォッグキャッチメントや雨水利用を推進しています継続的に社会運動として大きくなっているのは喜ばしいことです。

また、近年、地球温暖化によるアンデス熱帯氷河は後退の一途を辿っています。「アンデス熱帯氷河後退に対する適応策に係る基礎情報収集確認調査報告書」(2009/6,(独行)国際協力機構中南米部)にその一部がレポートされています。

表2 Cordillera Blanca の氷河面積の変化(出典:Glacioligical Unit)

表2 Cordillera Blanca の氷河面積の変化(出典:Glacioligical Unit)

ペルー全土にある氷河は3,044、面積にして2,000㎢で、世界にある熱帯氷河の70%があります。中でも中央北部にあるCordillera Blancaは、ペルー最大の氷河面積を持ち長さ200kmに渡って伸び、コスタに水をもたらす貴重な水資源でもあります。その氷河の面積の変化を表2に示しました。氷河が溶解し自然堤防でできる氷河湖が増加しており、1941年には氷河湖が崩壊し、ワラスの町の4分の1が破壊され、4,000人以上が死亡する災害が起きました。

この様な災害はたびたび起き、1975年以降ペルー全土では、同様に氷河湖決壊による洪水で10,000人以上が死亡しています。また、氷河後退の間接的影響で、河川の増水や降雨による土砂崩れが起きています。今後も氷河の観測調査と危険箇所への対策を強化していかなくてはなりません。氷河融解により環境が大きく変わることを危惧してしまいますが、融解水がどの程度表流水に貢献しているのかが分かっていません。

現在は川の流量は豊かで水利用の際に困っていないのですが、氷河が消滅する近い将来に、水資源に大きな影響を与えるかもしれません。

ブラジル・北東部の干ばつとイルパの活動の進展

ペトロリーナ周辺は、過去には比較的多雨の年と少雨の年が周期的に交互に現れる傾向がありましたが、2011年以降は干ばつが続き、11〜4月の雨季にも全く雨が降らない月もありました。表3で見るとおり、ペトロリーナの2011年からの10年間の年間降水量は、年間降水量の平年値(1981~2010年)に比べ50%未満の年が2012、2015、2017、2019年の4年あり、平年値を上回ったのは2020年だけでした。

表3 ペトロリーナの月別降水量(2011〜2020年)と平年値との割合

表3 ペトロリーナの月別降水量(2011〜2020年)と平年値との割合

サンフランシスコ川流域で行われている規模の大きい灌漑農業の実態はどうなのか、文献をあたってみました。

ブラジル・セルトンの水文環境と人間活動(4)―ペトロリーナにおける果樹農業の発展と節水灌漑の普及」(山下亜紀郎ほか、日本地理学会発表要旨2016)及び「同上(7)―水利事情からみた灌漑果樹農業の持続性」(山下亜紀郎ほか、日本地理学会発表要旨2017)によると、近年のペトロリーナ周辺地域の農業の全体像が分かります。

ペトロリーナの上流30㎞にできたダムからの水の安定供給と大規模灌漑プロジェクトの進行で、次第に内陸部へと農地が広がり、1980年代まではマメ、トウモロコシ、スイカ、トマトなどの単年性作物が生産されていました。1990年代以降は、連作障害が問題となったり灌漑技術*の発達もあって、マンゴーやブドウといった永年作物を生産する農家が増え、欧米への輸出も拡大しました。しかし、前述したとおり、2011年以降は相次ぐ干ばつにより、降水量がさらに少なくなってきており、頼みのダムも貯水率が10~20%で推移し、農業には憂慮すべき事態ですが、節水灌漑が広く行き渡って、これ以上用水量を減らすことができないのが現実です。

写真5 International Rainwater Catchment Systems Experience-TOWARDS WATER SECURITY

写真5 International Rainwater Catchment Systems Experiences-TOWARDS WATER SECURITY

『International Rainwater Catchment Systems Experiences TOWARDS WATER SECURITY』(2020.5) に掲載されたグナドリンガー氏(イルパの前事務局長)の報告から、その後の北東地域の雨水関連情報を紹介します。

国際会議が開かれた1999年に、イルパ等のNGO、農業者団体、協同組合、教会団体等2,000を超える草の根の組織体が集まり、ネットワーク組織(ASA)を立ち上げました。〝No family without safe drinking water(安全な飲み水のない家をなくそう)”を合言葉に、一戸に2つのタンクを設ける「タンク百万基プログラム(PIMC)」を、小規模な地域のコミュニティや地方自治体などを通して、地域の職人や資金を投入しながら進めていきました。1基は持続的に生活の糧となる食料生産や家畜の飼育用、あと1基は飲料用とその他の農産物を育てるためのものです。過去19年間に組織化された地域の団体が、州政府の資金を使って飲料用の16㎥タンクを1,200万基導入しました。ASAは、2019年3月1日現在で、家庭用に619,943基、学校には30㎥と52㎥のタンク6,848基、さらに野菜や果樹用に52㎥のタンクを103,528基、建設したとのことです。女性たちの水汲みや運搬の負担が減り、子どもたちに清浄で健康によい水を提供できました。タンクばかりではなく、雨水を貯留・制御する堀や深い溜め池を各地域の地盤や植生を考慮して作り上げてきました。イルパも30周年を迎えたとホームページにあり、地道な活動が着実に実を結んでいると言えるでしょう。

*灌漑技術:従来は農地へ直接水を流すものや大型スプリンクラーが主流だったが、1980年代以降には小型スプリンクラーや点滴灌漑、2000年になると小型霧吹きなどの節水灌漑が普及してきた。しかし、この地域では、水の節約というより労働力や水使用料を下げる経済的側面が要因とみられる。