2023.05.17
バングラデシュにおける天水活用ソーシャルプロジェクト −すべての人に安全な飲み水を−
村瀬 誠 (天水研究所代表・雨水市民の会理事)
バングラデシュで飲料水確保のための雨水タンク普及の活動を続けている村瀬誠理事が、Webあまみずに記事を寄せてくださいました。これは『給排水設備研究 Vol.40,No.1(2023.4)』に掲載されましたが、発行元のNPO給排水設備研究会の了解のもとに載せさせていただきます。(Webあまみず編集部)
問題は水、解決は天水(あまみず)
バングラデシュの沿岸地域においてほとんどの農村には水道というものがない。今でも人々は毎日1キロ以上、なかには4キロもの遠く離れた池や井戸まで水を汲みにいかなければならない(写真1)。しかしこれらの水源の多くが清浄ではなく、人や家畜及び野生動物由来の病原性微生物が引き起こす下痢で命を落とすことが珍しくない。地下水のヒ素汚染(自然出来)も深刻で、実に140万本もの井戸が飲用基準を超えるヒ素で汚染されているといわれており、将来、長期間飲用による発がんなど、ヒ素の慢性中毒が危惧されている(写真2)。加えて地球の温暖化がもたらす海水面の上昇により海水が川を遡上し、池や地下水の塩水化が進行している。池などに設置されている砂ろ過装置では塩分が除去できないことから、将来、塩害により水源が放棄される恐れがある。
こうした飲み水の危機の解決策として逆浸透膜(RO膜)による高度処理がある。しかし、その設備の設置と管理には膨大なエネルギーとコストがかかるので、停電が珍しくなく、かつ多くの貧困層を抱える農村地域では、RO膜処理システムの導入は極めて困難である。そこで、切り札となるのがあまみず(天水)の活用である。ここで、雨水をあえて天水と表記するのは、雨のことを単なるモノとしてではなく、天からの恵みとして捉えたいからだ。日本の離島において、雨は昔から「てんすい(天水)」と呼ばれてきた。そこには、いのちを育む雨に対する感謝の気持ちと畏敬の念が込められていたように思う。バングラデシュでも、池にたまった雨をRainwater (雨水)、空から降ってくる雨をSky Water (天水)と呼び分けられてきたことは興味深い。
雨は、いわば太陽が作り出す天然の蒸留水であり、塩分やヒ素などの有害な化学物質を含まず、また糞便由来の病原微生物汚染の機会が少ない清浄で安全性が高い水源である。そのため、江戸時代の医者で『養生訓』を著した貝原益軒は、「天より下る雨水は性よし、毒なし」と言い切っている。また、天水の活用は、水道、下水処理水の再利用及び海水の淡水化に比べはるかに省エネ的である。例えば天水の活用に要するエネルギーは、海水の淡水化の二千五百分の一だ。
AMAMIZUシステムの開発
バングラデシュの年間平均降水量が世界の年間平均降水量の2倍にあたる2千ミリを超えることから、バングラデシュは天水の活用のポテンシャルが高い地域といえるだろう。しかし、雨季と乾季があるので、年間を通じて飲料水をカバーするには、雨季に雨をため、乾季に備えなければならない。かつてバングラデシュの農村では、人々はモトカと呼ばれる甕を購入し、天水をためて飲んでいた。私がラマダン明けに調査したある農家では、軒先いっぱいにモトカが設置してあった。どれも天水が満タンにたまっていたので、なぜ飲まないのかと家主に訊ねると、天水はいい水なのでこれから都会から久しぶりに戻ってくる子供たちや親戚のために確保しているのだという(写真3)。今から思えば、モトカは素焼きであるため割れやすく、しかも容量が最大で100L程度で乾季の飲み水をカバーできないにもかかわらず、村人たちがモトカを求め天水をためて飲んできたのは、天本が安全で清浄な水源であることを体験的に学んできたからに違いない。
ならば、モトカより多くの雨が溜められ、安価でかつ容易な管理に加え、強固で長持ちするタンクを開発すれば、飲み水の危機を救えるのではないか―。そう考え、この条件を満たすタンクを世界中探し回り、たどり着いたのがタイ東北部の農家で昔から使われてきたジャイアントジャーだった。容量が600Lで、モルタル製である。各戸に平均六個のジャイアントジャーが設置されていた。ジャイアントジャーの生産技術は、日本やバングラデシュにはない独特のものだった。まずジャーの鋳型を作り、それをもとに16パーツの型枠を載作する。次にそれらをモルタルベースの上にセットアップして周りをワイヤで固定し、型枠の外側に田んぼの泥を塗り油紙を被せその上にモルタル処理を施す(写真5)。モルタルが乾燥したら型枠を中から取り外すと出来上がりだ。ジャーは約4日間で完成するが、セメントの強度が出るまでなかに水を張リー定期間養生させる。
2011年、私は、タイのチョンブリ国立職業訓練校にバングラデシュの左官工を派遣し、タイからバングラデシュヘのジャイアントジャーの技術移転を図った。完成したバングラデシュ版のジャイアントジャーはモトカをジャンボにしたような形をしていたので、現地では違和感なく受け止められた。容量は住民の要望を受けてスケールアップして1000Lとした。私は、温故知新によって生まれたこのジャイアントジャーをAMAMIZUと命名した。
写真がAMAMIZUシステムである(写真6)。集水にあたっては、竪樋の先にフレキシブルエルボを取り付け、エルボの向きをタンクの流入口の内外に動かすことによってきれいな雨だけを取水するようになっている。流人口に設置されたファンネルは斜めにカットされ、ファインフィルタでカバーされている。これで落ち葉などを降雨とともに流れ落とすとともに蚊の侵入を防止する。 AMAMIZUの上部の口は10センチほど立ち上げ左右二か所に穴を開けオーバーフローパイプや連結パイプが差し込めるようになっている。また、蛇口は、沈殿物を取り込まないようタンクの底から25センチのところに設置してある。
天水は有機物をほとんど含まないが、タンクの内壁面において貧栄養でも生息できる微生物群がバイオフィルムを形成する。これらは、貯留雨水の浄化に寄与していると考えられている。ドイツのブレーメン保健所の予防課長だったホレンダー博士は、雨水タンクにおけるバイオフィルムの有無によるサルモネラ菌の増殖実験で、バイオフィルムがサルモネラ菌の増殖を抑制することを確認している。日本も含め世界の離島では、昔から天水を集め飲み水として活用されてきたが、多くの人が亡くなったという史実がないのは、雨水貯留槽に生息するバイオフィルムが寄与しているものと考えられる。ただ、バイオフィルムは成長し剥離することがある。そのため、オーバーフローを通じて剥離したバイオフィルムを排除している。
なお、AMAMIZUは当初はモルタル製だったが、販路が広がりデコボコの悪路の中を遠距離運搬するにつれ強い衝撃でタンクに亀裂が生じるケースが出てきたため、現在は、スチール製ワイヤネットで強化したフェロセメント製のものになっている。
天水活用ソーシャルイノベーション
1)ドネーションからソーシャルビジネスヘ
私がバングラデシュにおいて天水活用ソーシャルプロジェクトに取り組み始めたのは、NPO雨水市民の会の事務局長だった1999年からである。当初は、民間の環境財団などから助成を受け様々な容量を持った雨水タンクを地元のNGOと協働で設置していったが、助成期間が長くても3年であることから、助成金頼みではプロジェクトが立ち行かなくなった。しかも、タンク設置後のモニタリングやアフタケアは助成や寄付の対象外なので、雨どいやタンクに不具合が生しても修理されず、タンクが放置されることもあった。
そこで、私はこのドネーションの壁を打ち破り天水活用ソーシャルプロジェクトの取り組みを持続可能な形にしていくために、それまでバングラデシュにはなかった雨水タンクの生産、販売、設置及び管理、ビジネス化を考えた。そして、手始めにこうした考えに贅同するNGOと一年を通して6人家族の飲み水をカバーできる家庭用雨水タンク(コンクリートリングタンク、容量が4.4トン)を開発し、2008年に20,000タカ(当時はタカと円のレートはほぼ同じ)でパイロット的に販売、設置を開始した。結果は上々で、100基が設置され資金も回収できパイロット事業は成功した。しかし、ここで新たな問題が浮上してきた。このタンクを購入できたのが富裕層に限られており、本来の事業目的であるすべての人に天水で安全な飲み水を提供するには、誰もが手が届くような低価格のタンクの開発と普及がどうしても必要になったのである。かくしてできあがったタンクが、すでに紹介したAMAMIZUだった。これは、私がそれまで雨水市民の会の事務局長としてかかわってきた天水活用ソーシャルプロジェクトの成果を引き継ぐ形で天水研究所を設立し、2010年にJ IC Aから低所得層を対象とする雨水タンクのソーシャルビジネス調査(BOPビジネス民間連携)を受注することによって実現した。
私は、AMAMIZUソーシャルビジネスに着手するにあたり2011年に沿岸地域において低所得者層の住民を対象にべースライン調査を実施した。回答はとても興味深いものだった。ほとんどの人が池の水や地下水が臭いがしたり着色したりして飲み水としては適さない、下痢などの病気の原因として水が大いに関係している、水汲みが日々大変な負担になっていると回答し、こうした問題を解決するために天水の活用が有効であり、タンクの購入に当たっては50パーセント以上の人が3000タカまでならお金を出しても良いという回答したのである。さらに、彼らは年間に医療費(水が原因で、下痢などで医療機関にかかるコスト)として平均1425タカ、水汲み(お金を払って水汲みを依頼したり水を購入したりするのに要するコスト)に平均1416タカ、合計約2841タカかけていたことが明らかになった。このことは、もし彼らが3000タカでタンクを購入、設置していけば、そのことにより抱えている飲み水の問題が解決するだけでなく、それまでの水のコストも削減できるという一石二鳥の効果が期待できることを意味していた。そこで、私は、材料費や人件費を精査してAMAMIZU本体の販売価格を3000タカ、雨どいやタンクの設置と運搬の費用を1300タカに設定し、AMAMIZUの生産、販売及び設置のパイロット事業を開始した。販売に当たっては、バングラデシュでは消費財の購入は分割払いが一般なことと、一人でも多くの低所得者層に手が届くように、頭金2000タカ、残金を6ケ月で返金する無利子分割払い方式を採用した。結果、約200基が生産、販売及び設置でき、分割払いの返金率も97%とおおむね良好だった。私はこのパイロット事業の成果を受け、2013年に現地法人Skywater Bangladesh Ltd.(SBL)を設立し、現地にAMAMIZU生産工場を開設して本格的なソーシャルビジネスを開始した(写真7)。その後、紆余曲折があったが2022年末までに販売、設置したAMAMIZUは約5000基に到達した。
現在では、SBLがAMAMIZUの設置後モニタリングを行いタンクの管理状況をチェックするとともに、必要に応じて水質調査を行い設置者に維持管理のアドバイスを行っている。これまでのエンドライン調査の結果から、水汲みの軽減、下癬の解消と医療費の軽減、水コストの減少など期待していたAMAMIZU効果が実証されつつある。
2)農村における水道設備としての天水活用システムヘ
SDGs6では、2030年までに地球上のすべての人に清浄な水を供給することを目標に掲げているが、バングラデシュの農村地域において日本のような水道を整備することは極めて困難だろう。なぜなら、農村はダッカのような大都市と違って住宅が分散しており水道を効率的に敷設することが難しく、仮にそれができたとしもその運転と管理に膨大なコストがかかるからである。また、これまで日本や欧米諸国では飲料水として使える水を当たり前のようにトイレに流してきたが、このような水道の考え方は豊富な水資源、有り余るエネルギー及び安い供給コストがあって初めて可能である。人口のさらなる急増、化石資源や水資源の構渇が深刻化する世紀においては、地球上のすべての人々が同じような恩恵にあずかることはまずないと考えるべきであろう。未来人も含め、世界の人たちが、健康で幸福な生活を通ることができるためには、水道も新たなパラダイムが求められているように思う。
だとすれば、これからの農村地域において安全な飲み水を確保していくには小規模で分散した安全で清浄な水源を確保していくことこそが持続可能かつ、実施可能な解決策といえるのではないだろうか。天水活用システムは水道管の敷設も大規模な処理装置も必要とせず、短期間で設置できる。今後バングラデシュにおいて、とりわけ塩害や地下水のヒ素汚染が深剣な地域においては、天水の活用こそが持続可能な安全な飲み水対策の切り札となるように思う。政府や自治体は、天水活用システムを21世紀の農村地域における水道施設として位置付け、官民一体となって天水活用設備を計画的に普及していくべきであろう。
SBLは、このようなビジョンからAMAMIZUの普及と並行して地域の学校、病院及びコミュニテイ施設において雨水タンクの建設に取り組んできた。もっとも、地域や公共レベルの雨水タンクとなれば、その規模も適用する技術もAMAMIZUシステムとは異なってくる。そのために、SBLは新たにコンクリートプロックタンク(CBタンク)を開発した。CBタンクは5トン規模から200トン規模までスケールアップが可能である。CBタンクには、剥離したバイオフィルムや細かい沈殿物を自動的に排出するサイホンシステムも備わっている。
2014年、クルナ県モレルガンジ郡の郡立病院において、SBLはJICAと協働してバングラデシュ初の大規模なCBタンクを活用した雨水タンクを建設した。病棟のコンクリート屋根から集水された雨は3基の50トンのCBタンクに溜められ、飲料水として利用されている(写真8)。タンクの建設以前は、病院敷地内にある池の水を汲みあげて飲み水として利用していたが、乾季になると水が不足してやむをえず近くの川から池に導水していた。しかしその水は生活排水で汚染されており清浄で安全な水源の確保が求められていた。タンクが建設されてから8年が経過したが、院内に設けられた天水活用システム管理委員会のイニシアテイブのもと、乾季における雨水の適正な利用及び屋根やタンクの定期点検・清掃の徹底により、水質的も水量的にも良好な結果が得られ、利用者から好評を得ている。
その後SBLは、JICAと協働して大規模なCBタンクを2018年から2020年にかけてチタゴン県におけるサイクロンシェルタの機能を兼ねた七つの中学校に(容量が約50トン)、続いて2023年には、ロヒンギャ難民キャンプを抱えるコックスパザール県テクナフ郡のホストコミュニティにおける二つの高校において(総容量が約100トン)建設した(写真9)。今後、こうした取り組みが、深刻な飲み水の危機に直面している難民キャンプのなかにも広がることを期待したい。
3)天水の活用で世界に平和を
私が、バングラデシュにおいて天水活用ソーシャルプロジェクトに取り組むようになった契機は、バングラデシュの深刻な水危機を目の当たりにしたことに加え、日本の雨の元がバングラデシュなど西太平洋方面からやって来ることを知ったからである。日本は豊かな雨のおかげでおいしい水、お米、そして豊かな森と海の幸に恵まれているわけだが、それはモンスーンが運んでくる雲のおかげである。ならば、同じ空の下で水に困っている人たちがいたらモンスーンアジア人として、感謝の気持ちを込めて救いの手を差し伸べたい。私は、それがヒューマンスピリットだと考えている。
バングラデシュの天水活用ソーシャルプロジェクトに取り組んで約四半世紀。天水活用ソーシャルプロジェクトがここまでこられたのは、自国の深刻な飲み水の危機を憂い何とかしたいという高い志を持ったバングラデシュ人のWahid Ulah氏との出会いと協働があったからである。私は彼と現地法人SBLを立ち上げ、彼はSBLのマネージングディレクターとして存分にイニシアティプを発揮し、現地プロジェクトを統括して着実に成果を上げてきた。また、日本の代表的な雨水利用建築士である佐藤清氏には、天水活用ソーシャルプロジェクトを当初からずっと支えていただいた。同氏の技術的なサポートがなかったら、サイホンシステムを取り入れたCBタンクの開発は実を結んでいなかったろう(写真10)。NPO雨水市民の会とJICAにもバングラデシュにおける天水活用ソーシャルプロジェクトを一貫して支援していただいた。改めて関係者の皆さんに心から感謝と敬意を表したいと思う。
地球規模の人口増加が止まらない。2022年末、世界の人口が80億人を突破した。2050年には百億人近くになるという。また、都市への人口集中が加速している。このことは、裏を返せば、今後膨大な水需要が発生し深刻な水資源の枯渇が惹起される一方、膨大な環境負荷が発生し、河川や湖沼及び地下水などの淡水資源における水源の汚染が深刻になり、地球規模で安全で清浄な水を確保することが質的も量的にも困難になることを意味しているのではないだろうか。問題はそれだけではない。気候変動がもたらす大渇水と大洪水は地球規模で水と食の危機を引き起こし、将来、世界各地での水と食をめぐって争いが起きるのではないかと多くの識者が危惧している。いまだに収束が見えないウクライナとロシアの争いが、その引き金にならないことを願うばかりである。
地球には、太陽エネルギーによって地表や海水面からの蒸散で水蒸気が生まれ、大気中に平均十日ほど滞留した後、雨となって降り注ぐという仕組みが備わっている。しかし、その面の量たるや、地球全体の水のわずか0.001パーセントしかない。この限られた清浄で安全な水源を、世界で分かち合い世代を超えて保全していきたい。私は、これまで設置してきたコンクリートタンクの璧面に大理石のプレートを張り込み、そこに“No More Tanks for War,Tanks for Peace!”『タンク(戦車)より平和のタンタ(雨水タンク)を!』というメッセージを設置日と一緒に刻み込んできた。天水の活用で人の健康と生命をまもり、幸福で平和な社会を地球規模で実現したいと心から顧っている。