世界の雨水

広がるバングラデシュ・スカイウォーター・プロジェクト

高橋朝子・柴 早苗(雨水市民の会理事)

図1 スカイウォータープロジェクトの拠点エリア、バングラデシュのクルナ管区バゲルハット県モレルガンジ(Morrrelganj)郡(出典:mappa's BNGLADESH GUIDE MAPの一部から作図)

図1 スカイウォータープロジェクトの拠点エリア、バングラデシュのクルナ管区バゲルハット県モレルガンジ(Morrrelganj)郡(出典:mappa’s BNGLADESH GUIDE MAPの一部から作図)

雨水市民の会の理事であり、(株)天水(あまみず)研究所(以下「天水研究所」)の代表取締役である村瀬誠さんは、バングラデシュ (*1)で低所得層向けの雨水タンクの普及活動に精力的に取り組んでいます。これまでの経緯を含め、雨水タンク普及の最新情報を伺いました。

*1 バングラデシュ:南アジアにあるイスラム教徒主体の国で、ベンガル語圏。日本の約4割の面積に人口1億6000万人を抱える世界最密の国。国土の大半はガンジス川などの巨大河川の下流域で、海抜9m以下の面積が9割を占め、雨季には洪水が頻繁に起きる。近年の経済成長がめざましいが、農村部は水道等のインフラが整備されていない地域が多い。

 

 

 

 

雨水タンクの普及活動の経緯

写真1 左)ヒ素が基準値を超えている井戸のポンプには赤いペンキが塗られている。 右)汚染された井戸の水を飲み続け、角質化が進んだヒ素中毒患者の足。

写真1 左)ヒ素が基準値を超えている井戸のポンプには赤いペンキが塗られている。 右)汚染された井戸の水を飲み続け、角質化が進んだヒ素中毒患者の足。

バングラデシュは、今でも飲み水としている地下水のヒ素汚染や塩害が深刻です。特にヒ素については、ユニセフが調査した 475 万本の井戸のうち、140 万本がバングラデシュの基準値を超えていたという結果があり、全土に汚染が広がっています(写真 1)。 水に起因する下痢がもとで命を落とすケースも跡を断ちません。遠方から水を運ぶ水汲みは住人の大変な負担になっています。そこで、雨水市民の会は雨水を有効活用することでこうした飲み水の危機を救おうと、1999 年から地球環境基金、イオン財団などの助成金を使って現地の NGOと協働でコンクリート製の雨水タンクなどの設置を進めてきました(写真2)。2008 年には、雨水タンクの普及事業の継続性を確保する観点から現地に People for Rainwater Bangladesh(2011 年にバングラデシュ政府NGO 登録。以下 “PR Bangladesh”)を立ち上げ、三井物産環境基金の助成を活用してマイクロクレジットを取り入れた雨水タンク普及のパイロットプロジェクトを実施しました。その結果、200 基のコンクリートリングタンクが設置され、資金も 100%回収することができました。しかし、コンクリートリングタンクを購入できるのは富裕層に限られることから、すべての人に雨水を提供していくためには、低価格のタンクの開発と普及が課題となりました。またその推進にあたっては、新たな助成金の確保が難しくなってきたので、事業資金を自らの力で捻出するような新たな枠組みの構築が必要になりました。

写真2 コンクリートリングタンクを設置した村医者の奥さんは、家族が水汲みから解放され、子供達の下痢が止まったことから、雨に感謝する気持ちを素敵な花柄の絵に表した。

写真2 コンクリートリングタンクを設置した村医者の奥さんは、家族が水汲みから解放され、子供達の下痢が止まったことから、雨に感謝する気持ちを素敵な花柄の絵に表した。

そこで、2010 年に村瀬さんは天水研究所を設立し、PR Bangladesh と連携しつつ、低所得層を対象とする雨水利用 BOP ソーシャルビジネス (*2)を JICA の支援を得て開始しました。このプロジェクトには、雨水市民の会の会員である佐藤清さん、笹川みちるさん及び鎌田芳久さんも参加しました。現在では、このプロジェクトの成果をもとに後述する現地法人 Skywater Bangladesh Ltd.(以下 “SBL”)が PR Bangladesh と協働して様々なタイプの雨水タンクの生産、販売及び設置を行っています。雨水市民の会は、一連の活動を日本から支援しています。

*2 BOPソーシャルビジネス:世界人口の約7割を占めると言われる、年間所得が3,000ドル以下の低所得層、BOP(Base of the Economic Pyramid)層にとって有益な製品等を提供して生活水準の向上に貢献しつつ、企業の持続的発展も図るビジネス。

低価格雨水タンク、AMAMIZU の開発

タイ東北部の農村地域では、昔から「ジャイアントジャー」と呼ばれる、モルタル製で容量 600ℓの低価格雨水タンクが利用されています。2011 年、天水研究所は、その製造技術をバングラデシュに移転するために、バングラデシュの左官工をタイのチョンブリ国立職業訓練所に派遣しました。研修を終えた左官工は帰国後、天水研究所に雇用されバングラデシュ版ジャイアントジャーの開発が始まりました。2012 年に完成したジャーは、天の恵みに感謝するという思いを込めて AMAMIZU と名付けられました。容量は 1 トンです。当初はモルタル製でしたが、現在はスチールワイヤーネットで強化されたり、軽量化されたりした Super AMAMIZU が主流になっています。

自前で AMAMIZU を購入し、家族の健康を守る

写真3 AMAMIZUを製造する工場。

写真3 AMAMIZUを製造する工場。

寄付や助成に全面依存するやり方だと、多くの NGOが失敗してきたように、持続可能な雨水タンク普及事業を展開していくのは極めて困難です。また寄付だと受益者のオーナーシップが発揮されにくいという問題もあります。そこで、村瀬さんは、自らが負担してまでも雨水タンクを設置する人を増やしていくことが大切と考え、PR Bangladesh などの NGO と協働して 2012 年に水購入費用やタンクの購入希望価格に関する基礎調査を実施しました。結果は興味深いものでした。住人たちは、水の購入や水に起因する下痢などの治療に年間平均約3,000 タカ(当時は日本円で約 3,000 円)も支払っている一方、3,000 タカなら 50%の人が AMAMIZU を購入できることがわかりました。

これを受け、2012 年、天水研究所は AMAMIZU の販売価格を 3,000 タカに設定し、雨どいや可動式流入パイプの資材及び運搬、設置費を含め 4,300 タカで販売するパイロットプロジェクトを JICA の支援で開始させました。一人でも多くの住人たちが購入できるよう分割払い方式も取り入れた結果、200 基が設置され 1 年以内に資金の 97%が回収できました。

写真4 2019年からダッカと甲府のロータリークラブによるAMAMIZUの設置が始まった。

写真4 2019年からダッカと甲府のロータリークラブによるAMAMIZUの設置が始まった。

このパイロット事業の成功を受け、2013 年には、現地法人 SBL が設立され、バングラデシュ南西部のクルナ管区バゲルハット県モレルガンジ郡に建設した生産工場において AMAMIZU の量産が始まりました(図 1 及び写真3)。以来、SBL は、AMAMIZU の製造、販売及び設置を行い、PR Bangladesh は啓発やモニタリングなどを担うといったように、SBL と PR Bangladesh との二人三脚によるソーシャルビジネスが展開されています。返済が滞る家も少なくないことから、現在では個人で設置する場合は個々の返済能力を見ながら販売するようにしています。

AMAMIZU は多くの住人たちの水問題の軽減に役立っています。例えば、貧しい漁師は、ぜひとも AMAMIZUが欲しいと長年小銭を貯めていた貯金箱を壊して頭金にし、分割払いで購入しました。子どもたちは水汲みから解放されて学校へ行けるようになり、家族は下痢に悩まされず、おいしい水を飲めるようになったと大変感謝しているそうです。

写真5 モレルガンジ群立病院に設置したコンクリートブロック製の雨水タンク(容量は一基当たり50トン)。緑色のパイプがセルフクリーニングパイプ。

写真5 モレルガンジ群立病院に設置したコンクリートブロック製の雨水タンク(容量は一基当たり50トン)。緑色のパイプがセルフクリーニングパイプ。

現在では、スイスのヘルベタス、ロータリークラブ、日本水フォーラム、4°C、日本青年会議所などの内外の団体から AMAMIZU の複数受注を受けて販売、設置しています(写真4)。

これまでのスカイウォータープロジェクトにおける雨水タンクの設置実績は、AMAMIZU が 3,600 基、中規模コンクリートリングタンク(4.5 トン)が 300 基、大規模コンクリートブロックタンク(主として 50 トン規模)は、モレルガンジ郡立病院(写真5)や今年中に完成されるチッタゴンのサイクロンシェルタの雨水タンクを含め 11 基に達しました。村瀬さんは、これからも少しづつ規模を広げて、雨水を安全な飲み水として人々に届けたいと、意気込みを語りました。

(当会が2019年7月に発行した「あまみずno.60」に掲載)

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