世界の雨水

中国の雨水活用の進展〜「雨+世界珍道中」と近年の水事情

Webあまみず編集部

図1 中国ヤオトン調査(1995年)地域と121プロジェクト調査(1999年)地域

図1 中国ヤオトン調査(1995年)地域と121プロジェクト調査(1999年)地域

2021年2月28日(日)に開催されたオンライン座談会「雨タス世界珍道中」の中国の調査とその後の水事情について紹介します。

1994年雨水利用東京国際会議で中国からの招待者、凌波さんが黄土高原のヤオトンの雨水利用についての発表をしました。その実態を知りたいと1995年、今回スピーカーとして説明してくださった理事の小川幸正さんはじめ総勢14名が、陝西省のヤオトン調査に赴きました。

1999年に、さらに乾燥地帯にある甘粛省蘭州市の121プロジェクトを今回スピーカーをされた会員の小澤一昭さんはじめ6名が調査しました。

黄土高原のヤオトンの雨水利用調査(1995年)

図2 ヤオトンの概念図

図2 ヤオトンの概念図

黄土高原は、調査をした西安市(陝西省)を含めた数省にまたがる総面積63万㎢、海抜400〜1800mの広大な台地で、中国全土の6.5%になります。細かい粒子が堆積した土質は黄砂の原因にもなっています。年間降水量は300〜650mmの半乾燥地帯です。

ヤオトンは、気候風土に根ざした住まいです。穴を掘ったりレンガを積み上げ、その上を土で固め、近くに水源が少ないので雨水利用する構造になっています。ヤオトンが点在する西安市の北東の黄河近く、澄城・鎮基村、合陽・山陽村、韓城・城南村の3つの村を訪ねました。

訪れたヤオトンは各家の敷地が塀で仕切られ、横穴に約30㎡の部屋(寝室と居間を兼用)と倉庫、中庭を挟んで台所、豚小屋、雨水タンク(「穴ぐら」という。)がありました。庭では豚や鶏を飼っており、果樹も植えられていました。雨水の集水は横穴部屋の屋根となっている草地と庭から集め、庭の地下の雨水タンク(20~30㎥、セメントモルタルで防水)へ導かれます(図2参照)。庭は毎日掃除をして、降り始めの雨水は排水し、その後の雨水を集水していました。タンクの水が足らなくなると、はかり売りの地下水を買って使うこともあります。

この地域は年間降水量が500㎜程度で、貴重な雨水をできるだけ汚さないで大切に飲み水として使っていた印象でした。自然素材を活かし冬は暖かく夏涼しい、エコな家ですが、最近の若い人は「暗くてジメジメして住みにくい」と地上の家に移り住む人たちが多いとのことです。

写真1 ヤオトンの入口   写真2 ヤオトンが並ぶ街並み 

写真1 ヤオトンの入口                                               写真2 ヤオトンが並ぶ街並み

121プロジェクトで水問題を解決し貧困から脱却を(1999年)

写真6 どこまでも続く段々畑(定西地区)

写真3 どこまでも続く段々畑(定西地区)

黄土高原を訪ねてから4年後の1999年、中国甘粛省の乾燥地帯で「121プロジェクト」と称する雨水利用を見る機会がありました。標高1,300m以上、年間降水量300㎜と農業で暮らすには厳しい地域です。小麦やトウモロコシを作っていましたが、芽吹きの5、6月に雨が降らないと収穫が極端に減ってしまい、年間の平均所得は60〜100ドルと大変貧しく、この地域の生活向上には水問題を解決しなければなりませんでした。高地にあるので遠くの水源から水路を引くこともできません。雨は少ししか降りませんが、広大な土地があるので、雨をためて水源にすることができます。

1988年からモデル地域で雨をためる方法を研究し、1995年から「121プロジェクト」として始めました。「121」の最初の「1」は1つの集水面(80〜100㎡の屋根や庭)、「2」は15〜20㎥のコンクリート製の雨水タンクを2つ(飲料用と灌漑用)、最後の「1」は高価値の特産物を作ること(写真4〜7参照)。モデル地区の成功例を普及させることで、91万個の雨水タンクを作りました。灌漑方法も植物に直接散水してビニールをかけて水の蒸散を防ぎました。このプロジェクトの実行により、収穫量は45%上昇し、20万世帯が貧困から脱出したとのことでした。

写真3 雨水タンクの上を見る(甘草店・狼煙台) 写真4 穴ぐらを掘っている(大平村)

写真4 雨水タンクの上を見る(甘草店・狼煙台)    写真5 穴ぐらを掘っている(大平村)

写真5 ビニールを敷いて蒸散を防ぎトウモロコシを栽培(定西地区) 写真4 一般住宅の雨水タンクから手押しポンプで水を汲み出す(東岭地区)

写真6(左) ビニールを敷いて蒸散を防ぎトウモロコシを栽培(定西地区)
写真7(右) 一般住宅の雨水タンクから手押しポンプで水を汲み出す(東岭地区)

中国の水問題の現状

中国は、北京、上海等の大都市が顕著な経済発展をとげ、中小都市へ豊かさの伝搬を図ろうとしています。そのためには水がさらに必要となります。しかし、マクロ的に見ると、もともと中国の一人当たりの平均水資源量は2,000㎥余(日本の約6割、2019年AQUASTATより)で、人口増加や生活様式の変化による水需要の増大により、水不足がさらに深刻になってくると予想されています。図3で見るとおり、北京市などの北部地域は、「絶対的水不足」となっており、水資源の多くを地下水に頼らざるを得ないため、地下水位の低下、地盤沈下が起きています。また、大きな河の約7割が何らかの汚染を受け、水質汚染が広く蔓延していて、飲み水にも事欠く地域もあります。

図3 中国各省の一人当たりの水資源賦存量(2013年) (「中国の水資源・水環境をめぐって〜沿岸部と内陸部の対比から」(窪田純平(総合地球環境学研究所),2016.9.3,雲南談話会)の資料をもとに作図)

図3 中国各省の一人当たりの水資源賦存量(2013年)
(「中国の水資源・水環境をめぐって〜沿岸部と内陸部の対比から」(窪田純平(総合地球環境学研究所),2016.9.3,雲南談話会)の資料をもとに作図)

2002年からは大規模な水資源開発「南水北調」プロジェクト(水が豊富な南部地域から水が乏しい北部地域へ水路を繋いで水を運ぶ)建設が開始されました。2009年には洪水調整と水力発電を目的とした世界最大の三峡ダムが長江中流域に完成しました。数十万人規模の住民が移転し、生態系を破壊し、史跡を水没させるなど、大きな犠牲がありましたが、2020年夏の豪雨では上流の重慶や下流の武漢などに重大な洪水被害をもたらしました。ダムの機能が年数とともに低下してくることを考えると、今後の気象異変で重大な被害とならないか懸念を覚えます。

洪水と渇水の被害にとどまらず、土壌の喪失により農地が減少してきていることも大きな問題となっています。1995年に訪れた広大な段々畑が広がる黄土高原は、どうなっているのでしょうか。深刻な土壌侵食が起きていないでしょうか。また、水と土壌の流出を抑え込む目的で実施されていた植林プログラムは、樹木の成長に多くの水が必要で、逆に水資源の減少となっているのではないでしょうか。黄土高原は、水へのアクセスが悪い地域で、未だ乏しい雨水利用に頼らざるを得ず、都市の水需要が優先される政策のため、農村部は取り残され、貧困からの脱却は難しいと思われます。

2011〜2014年に中国の62%の都市で内水氾濫が発生しており、雨水管理のあり方が問題となっています。内水氾濫とは、まちがコンクリートで覆われ、豪雨時に排水された雨が下水道から逆流して溢れてしまうことです。このような水害を減らし、都市における健全な水循環や自然・生態系の復活を目指す試みが始まっています。「海綿城市(スポンジシティ)」と称され、2015年から16の地域で実証実験プロジェクトが開始されています。発案者の環境デザイナー、ユー・コンジェン氏は、雨水の貯留、浸透により、地下水の涵養をして水資源の確保を図り、雨がゆっくりと浸透する氾濫原や湿原を保全・再生する、埋め立てられた河川を復活して生き物の生育場所とする、湿地植物により下水処理水や河川の汚れた水の浄化を図るなど、多彩な仕組みを考えているそうです。日本でも、グリーンインフラと称されて実施が進んでいますが、日本の雨水活用より速い速度で進展していくかもしれません(「都市洪水を防ぐ中国『海綿城市』」,E.ギース,別冊日経サイエンス240,2020.8.24)。

 「母親水がめプロジェクト」の紹介

「121プロジェクト」のその後の進展は、インターネットの検索では見つかりませんでした。「母親水がめプロジェクト」という活動が、「中国西部におけるローカルな水の政治化―母親水がめプロジェクトを事例に」(水資源・環境研究vol.27,No.2,2014,山本早苗)に記されており、その概要を以下に記します。山本氏が2008年6月から2009年8月に断続的に調査し、まとめたものです。

「母親水がめプロジェクト」は、2000年にグローバル企業のペプシコが「中国婦女発展基金会」へ基金を提供して、中国西部の貧困家庭を中心に援助し、「たらい1杯の水」で家族全員の洗顔、歯磨き、足洗い用の水を使いまわすといった、極度の水不足状態に暮らす人々の水問題を緩和することを目的に活動が始まりました。中国西部では、古来から地面を掘って埋めた水がめに雨水をためて用水として利用してきました。このプロジェクトでは、土で造る従来の水がめの代わりに、コンクリート製で貯水量も数倍ある雨水タンクでため、フィルターでろ過して水質も改善するというものです。水汲みの主体である女性たちが「自尊、自信、自立、自強」ができることをスローガンに、要介護者がいる家庭や母子家庭を優先的に設置しています。甘粛省では2001年から2007年までに、2万基を超える水がめが設置され約16万5千人の人たちが享受できたそうです。なお、他の地域にも広がり、雲南、四川、貴州、青海、内モンゴルなど17の省で展開しています。近年は学校など公共施設でも実施されています。しかし、雨水のみに頼った生活は変わりありませんが、従来のように徹底した節水をせずに増えた水量を使ってしまう、降雨がない冬から春にかけては水不足が深刻になる、フィルター交換・補修など維持管理の経済的負担が大きい、など問題点も多いのですが、企業のイメージ戦略や国家的開発プロジェクトに組み込まれ、地域が変容していく姿に疑問も感じる農民もいるとのことです。

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