技術・ビジネス

[寄稿]雨水貯留浸透技術の課題と展望

宮澤 博(環境地水技術研究会 理事長)

頻発するいわゆる「ゲリラ豪雨」は増加傾向にあり、水害や土砂崩れなどが全国各地で起こっています。被害をより軽減するために、行政間の連携、住民や企業での取り組みなどが必須です。また水循環基本法が2014年7月1日に施行されましたが、健全な水循環を維持し、又は回復するための施策が包括的実施されることを望みます。この技術的課題の一つとして、雨水の貯留・浸透・利用技術の発展と普及が不可欠です。今回、環境地水技術研究会理事長の宮澤博さんに寄稿していただきました。(編集部)

はじめに

まず、初めに本年8月に広島市で発生したゲリラ豪雨によって、斜傾地の表層を崩壊させ、その土石流が住宅地を襲い、多くの尊い人命を奪いました。被災された方々や、ご家族を亡くされた皆様に、心より哀悼の意を表します。

人類は、古来より治水事業を重要な事業として、長い年月と膨大な費用を費やしてきました。その手法は、量的抑制を主目的とした排水手法であり、ダム、河川、下水道、調節池などの整備がされてきました。しかし、すべての洪水を防ぐことは現実には難しく、また、このような手法による治水事業を続けた結果、不健全な水循環となり、多くの環境不利益が生じています。

近年、この失われた水循環を回復すべく、各流域においてさまざまな手法による対策がなされています。その中で、注目されているのが、雨水を一時貯留し、土壌に浸透させる流出抑制手法です。従来手法と、大きく異なる点は、雨水を土に還すことで、流出抑制効果と広範な水循環の回復効果を期待できる点です。以前より、この手法は、部分的に行われてはいましたが、土壌特性や浸透メカニズムなどが理解されておらず、浸透量を流出抑制量として評価されていないため、未だ普及が進んでいません。

貯留浸透施設の流出抑制効果を9年間追跡

図1 千葉県八千代市の雨水貯留浸透利用施設の基本構造図

図1 千葉県八千代市の雨水貯留浸透利用施設の基本構造図

1998年、筆者が携わった千葉県八千代市内の宅地開発事業において、雨水利用と治水機能を備えた雨水流出抑制再利用システムが、調整池に代わる洪水調節施設として、初めて行政に認められました。当時、窓口の八千代市も指導している千葉県もこの雨水処理手法を認めず、調整池を設けて流末に放流することを強く指導しました。交渉に難儀しましたが、試験的であることを条件に認められました。但し、この施設に関する責任は、全て事業者が負う旨、念書を提出、接している街区道路側と、この開発区域の隣地側への浸透処理も認められず、その部分を遮水シートで覆い実施しました。そのため、浸透槽の2面は機能していません。 

この貯留浸透施設は、各宅地(16区画、宅地総面積2,221.74m2)の駐車場地下に、貯留槽(6.7m3)と貯留浸透槽(3.0m×1.57m×0.94m有効高)を埋設し、雨水利用設備を備えています。雨水は、屋根面(平均138m2)から集水、ファーストフラッシュ対策も兼ね、三次濾過され施設に流入します。(図1、図をクリックすると拡大。以下同様)

この施設規模で、どの程度、雨水の流出量を抑制することができるか、施設に測定装置を設置、降雨量、施設への流入量、貯留量、雨水利用量、浸透量、などを24時間測定、9年間追跡しました。また、東京大学「環境地水学研究室」と土壌特性、浸透メカニズム、地下水位上昇速度の日変化、体積含水率増加分の変化などについて調査、データを解析、浸透効果など検証しました。

図2 最大連続降雨量を記録した際の時間当たり降雨量・流入量・浸透量(2003年8月1400~15日)

図2 最大連続降雨量を記録した際の時間当たり降雨量・流入量・浸透量(2003年8月1400~15日)

その結果、施設流入量に対して平均75%が浸透処理され、トイレ洗浄水は全て雨水で賄われていました。計測中の最大時間降雨量は、88mm/h(2006/7/14PM6:00)、最大連続降雨量は、156mm/47h(2003/8/14~15)でした。連続降雨時においても浸透能力は12時間に渡り低下せず、一定量で継続し、ピーク流出の抑制をしていることがわかりました(図2)。この時も、全て施設内で処理されており、外部流出量は記録されていません。また、現地土壌は、自然状態を保った良好な関東ロームで、その土壌データ*1から、この開発地、土壌全体の保水能力は2,000m3程可能であることが判明しました。この施設の貯留量を全て浸透処理しても、なお、充分な保水空間が残されていることを示しています。このことは、設置当時、全く解らなかったことですが、このようなデータ解析から評価すると施設の流出抑制効果は大きいということがいえます。

展望~印旛沼流域での雨水浸透の取り組みから

図3 印旛沼流域水循環健全化計画(2010年1月、印旛沼流域水循環健全化会議)

図3 印旛沼流域水循環健全化計画(2010年1月、印旛沼流域水循環健全化会議)

千葉県では、この手法を積極的に取り入れ、流域の健全な水循環の回復に向けた対策を進めています。近年、印旛沼流域は、急激に都市化が進み、被覆面積が増大、山林や農地が減少、その影響を受け、水質が悪化、上水の取水源としては、不名誉な全国ワーストが続いています。

この現状を改善するため、千葉県では、2001年に印旛沼流域水循環健全化会議を立上げ、2010年に「印旛沼流域水循環健全化計画」(図3、詳しくはこちら)及び第1期行動計画を策定しました。市民、企業、団体、行政が一体となり、目標を達成するための活動をしています。その行動計画の8つの重点対策群の中の1つとして、雨水を浸透させることを掲げています。そのため、行政も、みためし計画*2の中で、涵養域エリアの既存の国道、県道、県立高等学校の校庭、新規道路などの他、既存宅地にも浸透ます(千葉県型)を進めるなど(図4)、本格的な貯留浸透施設を導入しました。その結果、湧水量が増加するなどの効果が確認されています(詳しくはこちら)。

図4 浸透ますの設置を市民に推奨するパンフレット(「みんなの力で印旛沼を再生しよう!」より、印旛沼流域水循環健全化会議作成)

図4 浸透ますの設置を市民に推奨するパンフレット(「みんなの力で印旛沼を再生しよう!」より、印旛沼流域水循環健全化会議作成)

また、その具体的手引きとして、2003年に「宅地開発に伴う雨水排水・貯留浸透計画策定の手引き」を発刊、貯留浸透施設による浸透効果量を調整容量として見込むことができるとしています。その結果、浸透不可地域を除いて、県内の民間宅地開発事業などに貯留浸透施設の導入が多くなりました。

先ごろ、施行された「水循環基本法」は、健全な水循環の維持・向上を図るため、雨水浸透能力や、水源涵養能力を有する森林、河川、農地、都市施設等の整備その他必要な施策を講ずるよう記されています。千葉県では、基本法に掲げられている事項について、条例化はされていませんが、その多くの部分は、すでに対策がされて対応しているといえます。また、印旛沼水循環健全化会議、浸透ワーキンググループでは、浸透施設に関する印旛沼ルールを策定しました。近く、流域15市町に配布し、市民、企業、団体、行政の協力を得て、流域全体での治水対策を進めるための活動をしています。

今後、この水循環基本法の各条文を自冶体は、どのように解釈し、条例化、運用するのか、その結果によっては、治水手法が大きく転換する可能性があると考えています。

課題~一律でない雨水貯留浸透能力の把握が大切

最近、貯留浸透手法による雨水処理施設は、調整池が不要で、開発有効面積が増えることから、1ha未満の宅地開発事業にも多く導入されています。しかし、これまでに設置された多くの雨水貯留浸透施設は、土壌の物理性に立脚した技術の体系とはいえず、場合によっては土壌の物理性を阻害するような計画・施工により環境不利益が生じることさえ危惧されています。その施設の多くは、地域別に指導される洪水調整量を分散配置した貯留槽容量で確保し、浸透処理量は、補佐的な捉え方をされ、設計・施工されています。補佐的であっても、次の降雨に備えて貯留槽の、貯留空間を確保する必要があります。それには、浸透処理により、どれだけ施設の空間が確保できるか科学的に証明する必要があります。関東地方に広く分布する火山灰堆積土壌(関東ローム)は、工事中の重機による掘削、作業による踏み固めなど、人為的に攪乱すると浸透能力は著しく低下します。盛り土も同様です(切り土の上に、盛り土して宅盤調整することが多い)。このような状態の部分への浸透は危険です。事故に繫がりかねません。また、周辺に地層が切断(擁壁等)されている場所や、斜傾地がある場合も注意が必要です。

以上のような浸透による弊害があるかどうかを把握するには、正しい方法により現地調査を実施する必要があります。特に、土壌特性を精確に知るための試験は重要です。それは、必要となる浸透施設規模の設計根拠や、その施設の安全性を科学的に立証するためです。計画地の、土壌基本物性値(地質、体積密度、三相分布、含水比、真比重、透水係数等*3)が不明では適切な浸透施設設計はできません。安全も担保できないのです。また、調査結果を解析、土壌間隙率や、計画地全体の許容保水能力を算定、その値を知ることも大切です。このような情報を得ることで、適切な施設設計と施工方法を確定することができます。残念なことですが、現在、このような調査事項は、義務化されておらず、周知されていません。貯留浸透手法の普及を願っている一人として危惧する部分です。

脚注
*1 土壌データ:浸透槽の底盤面にあたる深度1.5mの土壌の状態は、飽和透水係数0.018m/h、真比重2.65、乾燥密度0.5g/cm3、固相率19%、間隙率81%。地下水位5.0m。
*2 みためし計画:作成した計画の実行状況や目標の達成状況を常に確認しながら計画を進めていく。つくったら終わりではなく、必要に応じて計画を点検し、見直す。(印旛沼流域水循環健全化計画第1期行動計画より)
*3 体積密度:土の単位体積当たりの質量。単位体積重量で、土粒子と間げき物質(水分等)の両方を考える場合を湿潤密度という。
 
三相分布土壌は、固体(土そのもの)、水、空気で構成され、それぞれ、固相、液相、気相といい、各容積の割合(%)を三相分布という。固相は、土壌粒子の他、動植物遺体、微生物、腐植、小動物も含まれ、液相は、固相の土壌粒子間に入り込んだ水である。気相は、同様な隙間で土壌水が満たされていない部分をいう。
含水比水分重量を乾土重量の百分率で表示。
真比重土壌の固体部分のみの比重で、土壌粒子と有機物、微生物などを含めた比
透水係数:多孔質体中(土壌)の水の流速の大きさを示す指標で、飽和時の係数を飽和透水係数という。cm/sまたはm/hの単位で表わす。測定試験方法により数値が異なる場合がある。

みやざわ ひろし。千葉県佐倉市在住。千葉大学(土壌学研究室)、東京大学(環境地水学研究室)と共同研究開始(雨水の土壌浸透メカニズム他)。2005年、愛知・世界博覧会において、「愛・地球賞」受賞。2006年~印旛沼流域水循環健全化会議・浸透WG検討委員。2012年、環境地水技術研究会設立、有識者と土壌浸透に関する研究や、技術講演会の開催などの活動を展開し現在に至る。著書『環境地水の実践』東銀座出版社。環境地水技術研究会のホームページ:www.kankyo-chisui.com

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