学術

福島原発事故による雨水タンクの放射能汚染調査~調査結果と雨水活用の安全性~

寄稿:福井工業大学 准教授 笠井 利浩

図1 福島第一原発と雨水試料採取地点の位置関係 (背景地図、Google Earth)

図1 福島第一原発と雨水試料採取地点の位置関係
(背景地図、Google Earth)

 

小特集:東日本大震災と雨水 
正しく知ろう、放射能と雨水 ~第2

3.11東日本大震災の翌日から4日間に福島第一原子力発電所が続けて水蒸気爆発を起こし、東北、関東にかけて放射能を含む塵や雨が降って、高濃度の放射能汚染がありました。広い範囲にわたって汚染による健康被害が懸念されています。雨水活用の普及をめざす当会としては、放射能による影響を正しく知って、もし問題がある場合は対策方法を伝えることが使命であろうと考え、雨水活用の放射能について大変貴重な調査をされた福井工業大学の笠井利浩准教授(会員)に寄稿していただきました。

確かな情報が知りたい

福島第一原子力発電所事故を知って第一に心配したのは原発周辺地域の住民への健康被害であったが、ニュース番組で報道される水蒸気爆発の映像を見て、広範囲にわたる放射能汚染が問題になると感じたことを今もはっきりと憶えている。雨水活用に関する研究の一環で、私自身も福井市内の公共施設に設置されている2m3程度の雨水タンクの管理を行っているが、原発事故後の6月中旬の定期メンテナンスの折、ふと気になって雨水タンク内の雨水と底質泥の放射性物質の分析を行った。この分析は、私の勤務先にある国内では数少ない原子力関連の学科(原子力技術応用工学科)の先生の協力を得て行ったものであるが、残念ながら福島原発から約460km離れた福井市の雨水タンクからも原発事故由来の放射性物質が検出された。国や関係機関による「直ちに健康被害はありません」との発表は正しいものであるとは思うが、長期的な影響についてはメカニズムも複雑で把握しきれないことは明確であり、その基礎データの蓄積の一つとして雨水タンクの放射能汚染調査を行うことを決心した。

ここで紹介する研究内容は、意義ある雨水活用の普及が放射能の懸念によって停滞されることがないように、既に雨水活用している方々やこれから始めようとする方々に対して雨水タンクの放射能汚染に関する正確な情報を提供し、安心して雨水活用するための一資料を提供するものである。

 

雨水タンクの放射性セシウムは底質泥に吸着される

図2 雨水タンク内における大気中粉じんによる放射性セシウムの吸着・沈殿の様子

図2 雨水タンク内における大気中粉じんによる放射性セシウムの吸着・沈殿の様子

 今回、雨水タンク内の放射能汚染調査を行った地域は4箇所、6つのタンクであり、東京都から山口県の範囲で行った(図1)。雨水タンク内の雨水と底質泥を採取した時期は、この実態調査を始めるきっかけとなった福井県福井市の試料以外は8月中旬である。これらの雨水タンクは全て個人レベルで管理できるサイズのもので、協力頂ける方々に依頼してできるだけ広い範囲から採取した。なお、各試料中の放射性物質の分析は、大学内にある放射能分析装置で、1試料あたり12~24時間の十分な時間をかけて行った。

放射性ヨウ素については半減期が短い(約8日)こともあり、事故後時間が経過していることから全ての試料で検出されなかった。しかしながら、底質泥中の放射性セシウム(以後Csと略記)濃度は福島原発からの距離に応じて減少している。最も大きな値を示したのは東京都墨田区の「I氏宅」の底質泥であり、Cs134とCs137の合計で約7,100Bq/kgとなった。この濃度は、放射性廃棄物(8,000~100,000Bq/kg)に関する環境省の方針(平成23年8月31日)に相当する値に近いものである。一方、同じ墨田区内の「区内タンク」の底質泥中のCs濃度は「I氏宅」の1/4以下であった。この違いは、雨水の集水面である屋根の状態の違いによるものである。「区内タンク」の屋根は平面状で、縦樋口周辺にはこれまでに降り積もった大気中の土埃などが堆積して潅木が生えていた。雨水中のCsは、この堆積物で簡易的にろ過または吸着され、結果的としてタンクへのCsの流入量が減少したものと考えられる。区内タンクの屋根形状と比較して、「I氏宅」の屋根は一般的な三角屋根であり、集水経路に堆積物がほとんどないことを考えると、「I氏宅」から採取した試料は東京都墨田区の標準的なものとして考えることができる。福島原発から遠い他地域の試料では、近畿圏の底質泥から100~110Bq/kg、さらに遠方の山口県宇部市の底質泥からも10Bq/kg程度のCsが検出されている。これらの値は健康被害の面では全く気にする必要のない程度のものであるが*1、これほどの遠方にまで福島原発事故由来の放射性物質が拡散していることが分かる。

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表1 各地域における雨水および雨水タンク内底質泥に含まれる原発事故由来放射性核種の分析値
(笠井ら(2011):福島第一原子力発電所事故による雨水活用装置内の放射性物質による汚染の実態調査,日本雨水資源化システム学会第19回研究発表会講演要旨集,pp.67-71)
ND:Not Detected(不検出の意味、検出限界下限値は概ね0.1Bq/kg)

雨水タンク内の雨水については、ほとんどの試料で不検出(今回の分析では概ね0.1Bq/kg未満)であった。これは、粘土や土壌がCsを強く吸着する性質によるものであり、大気中の粉じん(黄砂の様な微細な土壌粉をイメージして下さい)と共に雨水タンクに流入した雨水中のCsが粉じんに吸着され、やがて底質泥としてタンクの底に沈殿するためである(図2)。これは土壌や粘土へのCsの吸着に関する過去の研究からも明らかであり、一見不必要な存在である雨水タンク内の底質泥が放射性物質の除去に役立っていたということになる。また、一部の雨水タンクの雨水からはCsが検出されているが、東京都墨田区「I氏宅」の雨水試料は長期間放置しても沈殿しにくいほどの微細粒子で薄く着色しており、Csの沈殿が不完全であったためと推測される。また、同じ地区の「M氏事務所」の雨水試料は雨水としては最もCs濃度が高かったが、この雨水タンクには底質泥がほとんど溜まっておらず雨水中のCsが吸着されなかったためと考えられる。

 

 

 

事故後も放射性物質が飛散している

図3 東日本全域の地表面におけるセシウム134、137の沈着量の合計 (文部科学省による第4次航空機モニタリングの測定結果 平成23年12月16日)

図3 東日本全域の地表面におけるセシウム134、137の沈着量の合計
(文部科学省による第4次航空機モニタリングの測定結果 平成23年12月16日)

福井県福井市の雨水タンクは私が管理していることもあり、6月と9月の2度分析を行っている(表1)。6月の試料採取直後にはタンク内を完全に洗浄しているため、9月の試料には事故直後に飛散してきたCsは含まれていない。両者のCs濃度を比較すると、事故後の飛散量は数分の1程度に減少しているが一度土壌表面などに沈着したCs等が再度風で舞い上がるなどして少しずつ飛散範囲を拡大し続けていることが推測される。

安心して雨水活用するためには

今回行った雨水タンクの放射能汚染調査の結果は以下のようにまとめられ、高濃度汚染地域(図3の文部科学省による航空機モニタリング測定結果で青(30-60kBq/㎡) ~赤(3,000kBq/㎡)で表現された地域)以外では、比較的安心してこれまで通り雨水活用しても問題ないと考えられる。

1.雨水タンク内の雨水には、ほとんど放射性物質は含まれない。

2.雨水の流入などによる底質泥の巻き上げがない限り、飲み水などの人が直接摂取する用途以外では比較的安心して雨水活用できる。

3.雨水タンク内では、主な放射能汚染物質であるCsはほぼ全量が底質泥に吸着される。従って、地域によっては底質泥の放射性物質濃度が非常に高くなるため、降水時に雨水タンクに流入する雨水による底質巻上げが起こらないような対策が必要である。

 

安心な雨水活用のワンポイント!

図4 底質泥巻き上げ低減と清浄な雨水を採取するための装置例(ホームセンターにある商品を使って筆者が自作した例)

図4 底質泥巻き上げ低減と清浄な雨水を採取するための装置例(ホームセンターにある商品を使って筆者が自作した例)

あなたの使っている雨水は、水道水のように透明で濁りがなく澄んでいますか?ペットボトル等の透明な容器に入れて水道水と比べて下さい。底質泥の巻き上げを低減し、できるだけ澄んだ雨水を利用するための工夫の例を図4に示します。雨水流入緩衝装置は、貯水タンクに流入する雨水の流れ方向を反転させて上向きにすることで底質泥の巻き上げを低減させます。また、フローティングサクションフィルターは雨水タンク内に雨水が有る状態では水面に浮き、常に水面から10cm程度下の雨水タンク内で最も清浄な雨水を取り出すための装置です。このような装置はホームセンターで販売されている商品の組み合わせでもD.I.Y.することができ、比較的安価にできる底質泥巻き上げ対策として有効です。

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