文化

片田敏孝氏講演「大規模災害に向かい合う日本社会のこれまで、そしてこれから」を聴いて

柴 早苗・高橋朝子(雨水市民の会理事)

2019年3月11日に星陵会館にて行われた平成30年度関東地域づくり講演会(一般社団法人関東地域づくり協会主催)で、東京大学大学院情報学環特任教授・片田敏孝氏(以下「片田先生」)の講演を聞く機会がありました。片田先生は、災害への危機管理対応、災害情報伝達、防災教育、避難誘導策のあり方等について研究され、岩手県釜石市では子どもたちの津波防災教育に取り組んで「津波てんでんこ」など、災いをやり過ごす知恵や災害に立ち向かう主体的姿勢の定着を進めておられます。

2018年は自然災害に見舞われた年でした。6月の大阪北部地震、7月の西日本豪雨、9月の台風・高波による関西国際空港の機能停止、同じく9月の北海道地震による道内全域の停電など、各地でインフラが寸断されました。雨水市民の会も、洪水防止のための雨水貯留や災害で水道水が使用できない時の雨水利用など、市民が災害時に備えることの重要性を発信しています。

今回片田先生の講演を聞いて、災害はハードで物理的に守るだけでなく、被害に遭われた方の逃げられなかった心の底にある思いや悩みを汲み取るなど、防災にはソフト面の深掘りが大切であると思いました。

 

近年の自然災害の先鋭化

2011年の2万人以上の死者・行方不明者を出した東日本大震災以降も、大阪北部地震、北海道の胆振東部地震があり、震度5以上の地震は2018.1.1~2019.2.22だけでも14回も起きています。

地球温暖化の影響による海水温の上昇で、一度に降る雨が多く、台風が巨大化し高い緯度で発生して、毎年のように豪雨や台風被害も起きています。2018年6月末から7月初めにやってきた台風7号に加えて、梅雨前線が活発化して停滞し、記録的な大雨が続きました。西日本、東海地方など広範囲で土砂崩れや河川の氾濫などが相次ぎ、死者が200名を超える大災害となりました。また、2018年8月末から9月初めにかけてやってきた台風21号は、関空島で最大瞬間風速58.1m/秒、大阪湾の高潮が329cmに達するなど、最強クラスでした。

「経験したことのない」、「未曾有」といった形容詞の付く自然災害が今後増えてくると想定されます。

被災地の声と徒となる過去の教訓

前述した2018年7月の西日本豪雨により、岡山県倉敷市真備町では、高梁川本川の水位が高い時期が長く続き、高潮のように小田川に流れ込み、バックウォーターの連鎖で右岸・左岸で5mも浸水しました。真備町の4分の1以上が浸水し、51名が亡くなり、そのうち43名が屋内で亡くなっています。ハザードマップは各戸配布済みでしたが、なぜ逃げなかったのでしょうか。今回の浸水域は概ねマップと一致していましたが、なぜ活用しなかったのでしょうか。片田先生は現地の調査で住民に聞きました。「ハザードマップは地震や津波のときのものと思っていた」、「堤防ができたし」などと、“我がこと感”を持っていない実態がありました。

また、昭和51年に台風17号による50㎝の内水氾濫があった経験から、うちは2階があるからと避難しないで溺死してしまった方もいました。その50cmの記憶が徒となったのでした。これからは自然災害への向き合い方として、過去の教訓から想定することは問題ではないかと思われます。

防災意識・体制の変革の必要性

片田先生は内閣府中央防災会議の防災対策実行会議の委員をされており、平成30年7月豪雨による水害・土砂災害からの避難に関するワーキンググループでの話をされました。大きな災害があるたびに、対処の積み増し、処方箋を書く、つまり災害のレベル化を図る議論が繰り返し行われます。会議で示された資料には、読んで違和感が残りました。「~を通知する」、「ご理解」、「促進する」といった文言で、住民を導くイメージがあったからです。突発的に起こる災害への行政主導のハード対策、ソフト対策には限界があります。これから目指す社会は、住民が「自らの命は自ら守る」という意識を持つことが大切で、行政サービスから行政サポートに変わるべきだと主張した結果、報告書に反映されたそうです。少し長くなりますが、わかりやすい文章で書いてあるので引用します。


<国民の皆さんへ~大事な命が失われる前に~>

●自然災害は、決して他人ごとではありません。「あなた」や「あなたの家族」の命に関わる問題です。

●気象現象は今後更に激甚化し、いつ、どこで災害が発生してもおかしくありません。

●行政が一人ひとりの状況に応じた避難情報を出すことは不可能です。自然の脅威が間近に迫っているとき、行政が一人ひとりを助けに行くことはできません。

●行政は万能ではありません。皆さんの命を行政に委ねないでください。

●非難するかしないか、最後は「あなた」の判断です。皆さんの命は皆さん自身で守ってください。

●まだ大丈夫だろうと思って亡くなった方がいたかもしれません。河川の氾濫や土砂災害が発生してからではもう手遅れです。「今、逃げなければ、自分や大事な人の命が失われる」との意識を忘れないでください。

●命を失わないために、災害に関心を持ってください。

○あなたの家は洪水や土砂災害等の危険性は全くないですか?

○危険が迫ってきたとき、どのような情報を利用し、どこへ、どうやって逃げますか?

●「あなた」一人ではありません。避難の呼びかけ、一人では避難が難しい方の援助など、地域の皆さんで助け合いましょう。行政も、全力で、皆さんや地域をサポートします。

平成30年7月豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について(報告)」(平成30年12月・中央防災会議防災対策実行会議平成30年7月豪雨による土砂災害からの避難に関するワーキンググループ)の「おわりに」(P33) より

 いざという時の心のうちを探る

豊富な知識、充実した情報、整備された避難所・避難路等を伝えても、避難が行われていない現実がありました。釜石の人たちは知っていたが逃げなかった人もいます。大切な人が身動き取れない、子どもが見つからないといった場合、人は人として逃げられない心のうちがあります。

九州北部豪雨のとき、大分県小野地区の若者は、自分の家の隣りのおばあちゃんを思い出し、僕が助ける!と近所のお年寄りを集めて避難所に連れて行ったそうです。不安と楽観の交錯する心の中、家族や大切な人と互いに思いあう心の中、行政や地域社会との関係構造の中、人の心から避難あるいは避難しないを読み解く必要があります。

これまでの防災対策

災害対策基本法は5000人以上の死者を出した伊勢湾台風の後、昭和36年(1961)年に制定されました。第3~5条には、インフラ整備に関して国や都道府県の責務を明記されていますが、高度経済成長期以降は、自然に対して制御可能とし、科学で解明し技術で防ぐが主流の考え方になっています。しかし、阪神・淡路大震災で荒ぶる自然には抗えないと気付き、行政や住民は反省しました。その後の東日本大震災は最後通告のようなものだったのではないでしょうか。自助とは何か、そして互いに助け合うとは、コミュニティの機能を取り戻しただけの「絆」論が語られていました。全国から集まった支援者や支援物資は、生き残った人たちのための防災でした。本来はどうやって犠牲者を出さないかを考えるべきではないでしょうか。

際立つ防災体制の違いアメリカとキューバ

アメリカでは、2017年8月ハリケーン・ハーヴィーが、本土で過去最多の1318mmの雨をもたらし、ヒューストン市内の3分の1が浸水しました。その一週間後にイルマがハリケーンの等級で最大のカテゴリー5でカリブ海諸国に深刻な被害を出しながらフロリダ州に迫った時、沿岸地域の380万人に避難命令が出されましたが、実際は避難が求められていない内陸部の人も含めて650万人が逃げたのです。住民の主体性ある行動が目立っています。

一方、キューバは、世界の防災大国で連携・連帯が際立った防災体制をとる国です。2005年8月29日、ハリケーン・カトリーナが中心気圧902hPaで、暴風域半径が約220kmという激しさで迫っていました。片田先生はたまたまキューバを訪れており、上陸直前に3日間タクシーで現場をまわりました。国民による自助、共助で避難命令に従い、避難所への集合など自主防災が徹底し、官民上げてここから犠牲者を出さないという意識が感じられたそうです。医師や看護士がバスを運転し、軍も協力して獣医師付きでペットも一緒に避難します。数百万人規模で、社会的弱者を優先して避難させます。また、ハリケーンが去った後、家屋が壊れたら建設資材だけが届けられ、復旧復興は自分たちで行います。国は国民に最高の幸せと安心を提供することをモットーとしていて、貧しいけれども、医療、教育は無料で、最低限の生活が保障され年金もあるため、国民は国を信じ切っています。

首長・行政の守護に依存する住民、非があれば住民から責められる首長・行政という縦の関係性ではなく、これからの自然災害への対応は、住民の自助・共助と、首長・行政の公助が相まった水平の関係性が重要となっています。

主体性的で自立した避難意識の醸成を

東日本大震災において、明治と昭和の三陸津波に襲われた大槌湾では、ハザードマップに示された区域の外で人が亡くなっている人が多くいました。受身の姿勢の弊害が現れた形ではないでしょうか。「避難勧告が出たら避難してください」は、「発令がされるまでは避難しなくてよい」という情報待ちの行政依存が現れた結果です。「自分の命を守るのは自分なんだ」と当事者意識を持ち、生身の人間を見据える、集団としての社会を考えるという防災意識の転換を図ることが必要です。「津波てんでんこ」は、三陸地方に残る津波から子孫を残すための知恵です。釜石市などの津波防災教育では、一人で逃げられる!僕逃げるもん!うちの子は大丈夫!と親が思える子に君たちはなるんだ、と内発的な避難意識の啓発を実践しています。そして思いあう家庭、地域であることが重要だと片田先生は考えています。

 

今回の講演を聴いて、発災時には日頃からの必需品の備えとともに、まず第一の自助として、家族で災害発生時にどう行動するかを決めておく、瞬時に気持ちを整え、人間力をいかに発揮できるか、そして次に周りとの協働が重要だと納得しました。防災を意識した日常生活を送ることが大切です。

倉敷市洪水・土砂災害ハザードマップ「真備・船穂地区」の一部(H28年8月作成・平成29月更新) 紫色の部分(水深5mを超えると想定される地域)と平成30年7月豪雨で倉敷市真備町が被害にあった地域とほぼ重なった。

倉敷市洪水・土砂災害ハザードマップ「真備・船穂地区」の一部(H28年8月作成・H29年2月更新) 紫色の部分(水深5mを超えると想定される地域)と平成30年7月豪雨で倉敷市真備町が被害にあった地域とほぼ重なった。

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