文化

体験談:雨水ハイボールもいいじゃない!

Webあまみず編集委員(高橋朝子)

雨水バーでの体験

「雨水バー」の様子

2月下旬、「雨水バー」というイベントに行ってきました。会場は文京区本郷にある全水道会館8階にあるサロンで、水に関心ある人たちの語らいの場となっている所です。バーといっても店舗として営業しているものではなく、ごく近しい人たちに呼びかけて不定期に開催しているそうです。

サロンを運営している全水道会館は、この会館に事務所を構える全日本水道労働組合の書記次長である辻谷貴文さんが、いろいろな立場の人が水について気軽に話したり情報発信できる場として、ここを運営しています。

早速、雨水バーの脇のテラスにある雨水タンクを案内していただきました。雨水タンクは、このビルの屋上の雨樋から雨水タンクに導き、タンクの下にある蛇口から精密ろ過膜(MF膜)*1を通して、ポンプで再度タンクへ戻す仕組みです。このところ雨が少なく、タンクの底にわずかにあるだけです。

*1 精密ろ過膜(MF膜):水処理に使われるろ過膜で、一般に0.1µm~1µmの粒子や高分子を取り除ける。他に、0.1µm~2nmのものを取り除ける限外ろ過膜(UF膜)、2nmより小さいものを取り除けるナノろ過膜(NF膜)、溶けている物質まで取り除ける逆浸透膜(RO膜)がある。

(左)雨水タンクとろ過装置を取り付けた時の様子 (右)雨水タンクに取り付けた装置:屋上の雨樋をホース①で雨水タンクへ導き、蛇口②から出た水をポンプ③で圧送して精密ろ過膜装置④を通して再度タンク内に入れ⑤、ためる。⑥のオレンジ色のコックから採水する。

この取り組みは、「東京に降った雨でハイボールを作って乾杯しよう!」という雑談からスタートし、全水道会館が場所を提供し、当会会員の尾崎昂嗣さん(アールアンドユー・レゾリューションズ)と笹川理事が集水方法、雨水タンク選定、設置方法を提案、山村寛教授(中央大学 理工学部 人間総合理工学科)がろ過システムを設置するというコラボレーションで実施されたとのことです。

山村先生の研究室では、雨をその場で処理するシステムの開発につなげることを目的に定期的な水質検査を継続しています。学生が月1回程度採水に来て、掃除やメンテナンスをしているそうです。山村先生は、当会で2018年に実施した「雨タスサロン11:雨+膜 雨と膜の素敵な関係」でお話をしていただいたことがあり、当会の会員でもあります。

雨水を飲んでみた!

雨水ハイボール

早速、市販のミネラルウォーターのエビアンと飲み比べてみました。エビアンはフランス・アルプスの麓が水源の地下水で、硬度*2分が多く含まれ「硬水」と言われます。日本国内を水源とするミネラルウォーターは軟水が多いのですが、雨水はさらに低く、硬度は10mg/L未満で「超軟水」が多いです。味の違いははっきりわかりました。「ウ〜ン、なんだろう。味がない、口当たりが柔らか、なんとなく匂いがある」そんな感想を言ったところ、「雨水バーのバーテンダー」の辻谷さんは、「このビルの下の階に飲食店がありその排気ダクトが屋上にあるので、匂いはそのせいかな」と。線路が近いので、鉄分も多いとのことです。

*2 硬度:WHO(世界保健機関)の「飲料水水質ガイドライン」では硬度を炭酸カルシウム換算値で、60mg/L未満を「軟水」、60〜120mg/L未満を「中程度の軟水」、120〜180mg/L未満を「硬水」、180mg/L以上を「非常な硬水」に分類している。

次に「雨水味噌汁」なるものに挑戦。単に市販の顆粒状味噌汁を雨水の湯に溶かしたものですが、これも味が違いました。味噌や出汁の味が引き立ち、美味しく感じられます。

さらに「雨水ハイボール」に挑みました。炭酸水はもちろん雨水にガスを入れて作り、氷も雨水を凍らせたものを使う徹底ぶりです。雨水は冷凍庫では凍りにくく、作るのに時間がかかるそうです。なるほど、純水に近いので、凍るための核となるものが少ないのかと、納得しました。口に入れた途端、ウイスキーの香りが口の中に柔らかく広がり、ウイスキーってこんなに美味しいものだったのかと、新鮮な驚きでした。つい2杯、3杯と、ちょっと飲み過ぎになってしまいましたが。

雨水は飲んで大丈夫か?

私はもちろん承知して飲みましたが、実は雨水を飲むことにはいくつかの問題点があるのです。

図 膜の種類(山村寛中央大学理工学部教授 資料提供)(2018年3月20日掲載の”Webあまみず”より)

水道水ならば、水道の管理者が末端の蛇口まで水質を保証しています。山村先生の研究室でこの雨水タンクの水の水質を検査していますが、定期的に検査しているので大体の水質の状態はわかりますが、常時合格している証にはなりません(これは天然の水、全般に言えることです)。辻谷さんが言われたように近隣の大気の状態に影響を受ける他、都心に近いので、車の排気ガスや屋上の汚れなどが入り込んでいるかもしれません。また、精密ろ過膜では取り除けるものに限りがあります。細菌と同程度の大きさのものは除けますが、溶けているものやウイルスなどは取れません(右図参照)。

このような可能性はありますが、水質に悪い影響を与えるものは極力排除すれば、もともと蒸留水に近い状態で降ってきた雨水の水質は悪くはなりません。すなわち、雨水を集める場所は排気口の近くを避けたり汚れが混入しにくい場所を選び、降り始めの雨水は大気中や集水場所の汚れが混ざるので、できるだけタンクに入れないことです。

自分の五感で判断する

水質の保証がある水道水に慣れている私たちには、少し抵抗があるかもしれませんが、自分の目で雨の集め方やためた雨水そのものを確かめて、判断するしかありません。たとえ、微量の化学物質が入っていても、長期に飲み続けるのではないので問題はないのです(詳しいことは下段の「『水質基準』って何?」をご覧ください)。

アルコールも入って、話が弾んだ頃、辻谷さんは、出身の大阪弁でこんな話をされました。「水道料金が払えないで給水停止になる独居の高齢者も結構多い。水道が使われへんかったら生活でけへん。僕が現役の若い頃は、停水業務もメーター検針業務も直営やったから、停水直前にその家に行って『じいちゃん、明日から水道がで〜へんさかい、お風呂や桶にいっぱい水溜めときや。ほんで料金払えるように相談できる役所の窓口に行こか』なんて対応する職員もぎょうさんおったで。今はこんな職員おるんかなぁ?マニュアル通りやってるんやろけど、生命(いのち)の水って感覚は薄れてるんと違うかなぁ…」さすが、心ある水道マンだ。

私は心の中で頷きながら、雨水を飲む・飲まないの判断にも通じるところがあると思いました。ろ過前の雨水は確実に細菌がいるでしょうから、水質基準では不合格になります。でも、非常時に雨水以外の水がなければ飲まないでしょうか?それでは死んでしまいますから、自分が判断して良いと思えば、飲むのです。

ややこしいなと思いながら、雨水ハイボールを飲んだわけです。

参考:雨水市民の会でもサバイバル飲み水として雨水を活用するため、手づくりで精密ろ過器を作るテキストをホームページで紹介しています。

 


飲み水の「水質基準」って何?

そもそも、飲み水の「水質基準」はどのように設定されているのでしょうか?その考え方を大まかにまとめてみました。

1 「水質基準」は、水道法で定められている水道事業者が守るべき基準であり検査の義務付けもある。健康関連(31項目)と生活上支障関連(20項目)の合わせて51項目ある。他に「水質管理目標設定項目」(27行目:基準ではないが、今後、水道水中で検出される可能性があるもので注意喚起すべき項目)、「要検討項目」(46項目:毒性評価が定まらない、または水道水中での検出実態が明らかでないなど、水質基準や水質管理目標設定項目に分類できなかったもので、今後、必要な情報・知見の収集に努めていくべき項目)がある。(「水道水室基準について」厚生労働省HP

2 生活上支障関連の項目は、色・濁り・味・臭いなど生活利用上障害を生ずる恐れのある項目である。

3 健康関連項目は、①これまで水質基準項目とされていたもの、②WHO飲料水水質ガイドライン、米国やEUで健康影響の観点からガイドライン値や基準値が設定されているもののうち日本の水道水中で検出報告のあるもの、③その他専門的観点から検討を要するもの、の中から抽出され評価がされている。

4 健康関連項目の内の化学物質の評価は、毒性評価は閾値*3があるものはとないもので取扱が違う。閾値のある項目では食物、空気等の他の暴露源からの寄与を考慮し、人が一生にわたって連続で摂取しても健康に影響がないことを前提にしている。すなわち、1日に飲用する水の量を2リットル、人の平均体重を50kg、水道水由来の割合を1日摂取量の10%(消毒副生成物は20%)を割り当て、1日暴露量から安全性を十分考慮して算出している。つまり慢性毒性の評価であり、万一一時的に基準値をある程度超える状況があっても、直ちに健康上の問題に結びつくものではない。閾値がないものは、生涯(70歳)で10万人に1人ががんになる確率の値を基に算出している。

*3  閾値(いきち):これより少なければ”発がんの可能性なし”という化学物質の摂取量または暴露量。暴露量がゼロにならない限り有害な影響を生ずる可能性がある場合は「閾値がない」、これ以下では有害な影響を生じない暴露量がある場合は「閾値がある」という。

5 短期間に健康被害が予見されるのは、微生物である。水質基準には「一般細菌」と「大腸菌」が設定されている。一般細菌は、塩素消毒が確実に行われているかをチェックするためのものである。水系感染症は糞便汚染から引き起こされるため、大腸菌がその指標とされている。一般細菌がいても大腸菌が検出されないのであれば、まず感染症の心配はない。

参考:「水質基準の見直し等について(答申)」(平成15年4月・厚生科学審議会答申)

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