2025.02.01
(4) ゼロメートル地帯から考える雨と防災(セッションⅡ-2)
雨水ネットワーク全国大会 in すみだ実行委員会
”第14回雨水ネットワーク全国大会2024 in すみだ”報告 (その4)
セッションⅡ-2 ゼロメートル地帯から考える雨と防災
趣旨:近年各地で激甚化・頻発化する記録的大雨被害に際し、防災・減災の観点から雨とどのように付き合うかを再考するタイミングに来ています。水害に弱いゼロメートル地帯すみだであらためて雨と防災について考えてみました。
◾️コーディネーター
菜原 航(墨田区環境政策課長)

墨田区の地形は川よりまちの方が低いので、水がたまりやすい。(菜原航氏スライドより)
墨田区は荒川、隅田川など川に囲まれかつ海抜0mよりも低いところが多く、一旦浸水してしまうとその深さは最大10m以上となり、2週間以上水が引かないところもあります。建物や敷地で雨を蓄えることで、雨水が集まる時間を部分的に遅らせ、水害リスクを低減できます。また、雨水タンク等の設置を促進していくことで、身近な場所を小さなダムとして役立てることができます。そもそも墨田区で雨水活用を始めたきっかけは内水氾濫への対策という治水の観点が大きかったということもあり、今でも都市のミニダムとしての認識は強く持っております。そのほか、墨田区の防災のシンボル・路地尊は、雨水をためて、防火用の水にしたいという住民の方々からの提案を受けてできたものです。
2024年1月1日に発生した能登半島地震では、断水時に雨水が活用されたケースが報告され、災害時の雨水活用が注目されています。
◾️話題提供者
⚫︎すみだの「災害」
佐原滋元(一寺言問を防災のまちにする会 副会長)

すみだの明治43(1910)年の洪水(佐原滋元氏スライドより)
関東大震災まではすみだの主な被害は水害でした。今から5000年ほど前の縄文時代には海面が数メートル高く、すみだも海の中でした(「縄文海進」)。荒川、利根川、入間川、渡良瀬川などの大河川がすみだ辺りに土砂を運び、中洲がたくさんできてきました。時代を進め、江戸時代になり多くの人たちが住むようになって、水害による被害も多くなります。1621年に利根川東遷が始まり、1629年荒川の瀬替えがされましたが、それ以降も水害は後をたちませんでした。荒川(現在の隅田川)から江戸を守るため、すでに荒川左岸にあった隅田堤(墨堤)の西の右岸に、1693年(元禄6年)にV字ダムとして水を堰き止め、上流側に水を逃し江戸のまちを水害から守るため日本堤が作られました。
明治時代になって、1896年、1910年にも大きい洪水がすみだを襲いました。1896年には隅田堤を人工的に決壊させて市街地を守ったのです。この辺りは農地だったのですが、水運に恵まれた地域であったため、明治になってから工業地帯として大勢の労働者も流入するようになり、洪水による被害も深刻になります。そこで考え出されたのが、荒川放水路計画でした。1911年着工、1924年には通水、荒川放水路に接する閘門などの工事が終わり、1930年竣工となりました。今年は荒川放水路通水100年にあたる年です。しかし、その後も1947年にカスリーン台風が首都圏を襲います。東京では江戸川、中川が決壊し足立、葛飾、江戸川が浸水しましたが、荒川放水路は溢水や決壊はしませんでした。
すみだは過去からずっと水害に悩まされてきました。大正時代辺りから工業用水として地下水を組み上げたことにより地盤沈下が起こり、地形的にゼロメートル地域となりました。最近はポンプ場の整備で水害はなくなりましたが、一旦街中に雨が溢れると、大変深刻な状態になります。洪水の歴史を忘れずに子どもたちに引き継いでいきたいと思います。隅田川のそばにある白髭神社では今でも「ぼんでん」と言って御幣を氏子たちが五穀豊穣と水害がないことを願って川にお供えをします。この神社では1910年の洪水の時に井戸枠を高くして、汚水流入を防ぎ多くの住民の飲み水を守ったそうです。
⚫︎利根川と東日本台風
三橋さゆり(一般財団法人日本建築情報総合センター 審議役)

2019年東日本台風では利根川の目標とする整備計画とほぼ同じ流量が流れた。ギリギリセーフだった。(三橋さゆり氏スライドより)
国土交通省で川の仕事に携わり、2017年には利根川上流河川事務所長、2022年に水管理・国土保全局水資源部長を務め、退官しました。仕事の一環でダムカードを作りました。
2019年の東日本台風では「利根川危機一髪」となりました。1947年のカスリーン台風と比べて東日本台風では流域平均雨量はほぼ同じで、利根川も荒川も上流から次々計画高水位を超える水位が観察されましたが、ギリギリセーフでした。江戸時代に利根川東遷、荒川西遷と川を付け替える大工事がなされました。しかし、地形は変えられません。カスリーン台風では葛飾の桜堤が決壊し、大被害をもたらしました。同規模の東日本台風ではどのように守られたのでしょう。
まず、利根川の埼玉県では首都圏氾濫区域堤防強化対策として①引堤・築堤 ②堤防の拡幅 ③川底の掘削に加えて首都圏氾濫区域堤防強化対策を行ってきています。また、利根川上流には7ダムで1.45億㎥の貯留、渡良瀬遊水地*では1億6000万㎥の貯留など、長年のいろいろな対策の積み重ねにより、守られたのです。
墨田は洪水が解消されたのではなく、上流の方々が大切な土地を提供してこそ守られているのです。最近は地球温暖化の問題や都市化が進み、新たなリスクも考えなくてはなりません。命を守るため、正しい知識、事前の備え、情報の入手は必ず行えるようにしておいてください。
*渡良瀬遊水地は2019年の東日本台風では容量の96%貯留した。
⚫︎東京都豪雨対策基本方針(改定)における下水道整備について
阿部 京(東京都下水道局 計画調整部再構築・浸水対策推進担当課長)

東京都豪雨対策基本方針(2023年12月改定)における役割分担(阿部京氏スライドより)
「東京都豪雨対策基本方針」は豪雨による水害に対して、自助・共助・公助の考え方を踏まえ、東京都の豪雨対策の基本的な考え方を示すものです。この方針では「河川整備」「下水道整備」「流域対策」「家づくり・まちづくり」「避難方策」の5つの施策の方向性を示しています。都内を含む日本全国でも降雨量が増加し、甚大な被害が発生しています。また、IPCCの第6次報告書では、約1.5から2℃上昇するとされ、降雨量の増加、台風の強大化等が想定されています。このような背景から、2023年12月に「東京都豪雨対策基本方針」を改定し、目標降雨を都内全域で10ミリ引き上げました。
下水道整備では、浸水リスクが高い地区を優先的に整備する地区として選定し、幹線や貯留施設などの整備を重点化しています。重点地区は、過去の浸水実績に加えて、流出解析シミュレーションの結果などを考慮し67選定しています。区部下水道では、時間75ミリ降雨に対応する下水道施設を整備することを目標とし、流域対策の時間85ミリ降雨に対して、内水はん濫を防止することとしています。また、完成した下水道幹線の一部区間などを暫定的に貯留管として利用し早期に整備効果を発揮する取組も実施しています。
下水道施設の耐水化は、目標を超える降雨や複合災害等により、水害が発生した場合においても揚水機能等の下水道機能を確保することを目的としています。耐水化については、施設ごとに高潮、津波、外水はん濫、内水はん濫の最も高い対策高で実施していきます。また、防水扉や止水板の設置等により耐水化を推進し、浸水深が高く、整備が困難な場合については、施設の再構築時に実施します。
⚫︎ゼロメートル地帯から考える雨と防災
岩本健一郎(墨田区危機管理担当防災課長)

2024年1月16日輪島市にて焼失した朝市の様子を見る墨田区職員(岩本健一郎氏スライドより)
墨田区の水害の歴史は数多くあります。1910年の大水害では、利根川、荒川、多摩川水系の広範囲にわたって氾濫し、死者・行方不明者1357人、家屋全壊2765戸、流失3832戸となりました。
ゼロメートル地帯は墨田区ばかりでなく、江東5区のほとんどで、洪水のほか、高潮、内水氾濫などで一旦大規模に浸水するとほとんどが水没してしまいます。そのため、江東5区で広域避難推進協議会、また今年7月29日には荒川沿岸の7区で国土交通大臣へ大規模水害の対策について要望書を提出しました。
区では区民の意識啓発のため、SNS等を使った情報発信、防災訓練、防災講話を行っています。また、小中学校を拠点として学校、関係者、行政が連携して行う拠点会議を毎年実施するほか、民泊施設を災害時に提供してもらう協定等を結ぶことで防災対策を強化しています。
2024年の1月1日に発生した能登半島地震に対し、墨田区では直後に防災協定締結先の安否確認を行うことを決定し、4日には被災者支援検討会を設置して義援金の募集を開始、12日には輪島市に物資搬送することを決定しました。
▪️ディスカッション
菜原:令和元年の東日本台風における出来事に注目したいと思います。まずまちの様子はどうでしたか?
佐原:どこにも避難場所がない、放送が聞けない、となって町会会館にやってきました。ポンプ所が止まったらどうなるのかといった恐怖はあるが、今の若い人たちは内水氾濫について知らないという状態でした。下水道行政は東京都で区役所は力不足だし、それと高潮への対策が不十分な気がします。
阿部:東京都区部では、60個所の雨水貯留施設と69個所の雨水ポンプ施設を整備しています。60個所の雨水貯留施設の合計貯留量は約60万㎥(学校の25mプール2,000杯分)であり、排水能力は約14万㎥/分(1秒間で学校の25mプール8杯分を空にできる能力)です。令和元年の東日本台風では、雨水貯留施設全体の貯留率は約6割に達し、8個所の貯留施設で満水となり、浸水被害の軽減に大きく貢献しました。
佐原:それらを整備するにはお金と時間がかかるので、各戸に雨水を溜めることを意識啓発することが重要かと思います。
岩本:墨田区では防災セクションが主体的に取り組みました。避難所の仕切り、警戒レベル3で避難所を開設して住民を受け入れました。災害が起きる前に対策を考えることが大切と思いました。
会場:私は江東5区広域避難を考える会に所属していますが、大規模水害ハザードマップを見てどこにも避難できないことを知りました。江戸川区の議会もそれほど真剣でないとわかりました。250万人が住んでいる地域には、食糧はコンビニとスーパーしかありません。浸水すると中々水が引かないし、本気で都や国が考えてくれないと困ります。
三橋:広域避難、訓練は大事です。バス会社と提携していてバスで住民が避難した所もありました。
岩本:10階建てのマンションと提携を結んで垂直避難なども大切と考えます。「東京強靭化プロジェクト」では破堤した場合を前提として対策を考えています。
佐原:過去の災害に学ぶことが重要だし、近年の気候変動を考えると災害の激甚化は待ったなしだと思います。
菜原:気候変動による豪雨の激甚化や頻発化は今後避けられないと予想される中、日頃から雨とどのように向き合うかが大切です。国や都などの行政が行っている河川整備、下水道整備などのハード面に加え、雨水貯留施設や雨水浸透施設などの設置など、民間や個人レベルでできることもあります。さらに被害を最小限にするため雨を正しく畏れ、正しい情報や適切な行動をとる、過去の経験を活かし正しい避難行動につなげてもらうことも大切です。これらソフト面、ハード面の対策を積み重ねながら雨水活用を推進し都市のミニダム化を進めていくことが地域を守ることにつながると感じました。
” 第14回雨水ネットワーク全国大会2024 in すみだ”報告 リンク
(1)雨を活かして、未来へつなごう。〜”第14回雨水ネットワーク全国大会2024 in すみだ”に2200人が集まった
(2)すみだの雨水〜過去から学び、Next Stageへ〜(セッションⅠ)
(3)雨とネイチャーポジティブ〜雨水を活用した都市緑化の可能性ー立体的緑地と平面的緑地による生物多様性の回復(セッションⅡ-1)
本ページ (4) ゼロメートル地帯から考える雨と防災(セッションⅡ-2)
(5) くらしの中の雨水〜見える、楽しむ、活かす(セッションⅡ-3)
(6) 飲む雨水〜インフラとヒトの変化から考える飲むあまみずの近未来(セッションⅡ-4)
(7) セッションⅡ-分科会「雨水と私たちの未来」まとめ
(8) 雨水は世界を救うか?(セッションⅢ) 作業中
(9) すみだ雨水宣言2024
(10) すみだの雨水活用を見てみよう〜エクスカーション
(11) 楽しく雨を体験 〜あまみずフェスティバル
2024年8月3〜4日に開催された第14回雨水ネットワーク全国大会2024 in すみだは「雨水ネットワーク全国大会 in すみだ実行委員会」および墨田区が主催して行いました。実行委員は、地元団体のNPO法人雨水市民の会、NPO法人寺島・玉ノ井まちづくり協議会、中央大学、千葉大学、合同会社アールアンドユー・レゾリューションズ、雨水ネットワーク事務局の公益社団法人雨水貯留浸透技術協会など、18名のメンバーで構成。墨田区は大会会長として山本亨墨田区長、区役所事務局として環境政策課が参加しました。