ひと・市民

湧水保全と雨水活用の活動(東京都世田谷区成城)

谷口淳一・高橋朝子(Webあまみず編集委員)

野川と国分寺崖線とわき水

雨水浸透マス設置の家の看板をつけた木村さん宅。浸透マスのオーバーフローと甕にためた雨水を使ってビオトープの水源としている。

雨水浸透マス設置の家の看板をつけた木村さん宅。浸透マスのオーバーフローと甕にためた雨水を使ってビオトープの水源としている。

東京の西部を流れる多摩川は、太古の昔から武蔵野台地に河岸段丘を形成してきました。これにともなって形成された地形の一つが国分寺崖線であり、標高差20mほどの傾斜地が立川市付近から大田区までの約30 kmにわたり連なっています。この崖線からの湧水のうち、国分寺市にある日立中央研究所敷地内の湧水に源を発し世田谷区二子玉川付近で多摩川に合流するのが野川です。多摩川に合流するまでにも、国分寺崖線からは至る所から湧水が流れ込んでいます。

世田谷区成城4丁目の「成城みつ池緑地」の湧水もその一つ。今回は、この付近の緑と水を大切に残していこうと活動を続けている中川清史さん、今田裕実子さんにその活動の一環として、雨水活用も取り組んでいる現地を見せていただきました。

木村さん宅の雨水活用

中川さん、今田さんと待ち合わせた成城学園駅西口から住宅街の中を7~8分ほど歩き、フェンスに「雨水浸透マス設置の家」との掲示の出ている木村さん宅に到着。木村さんは、長年続けてきた蝶の研究の中で自宅周辺の自然環境にも興味が向き、30年前に世田谷区がモデル事業として始めた雨水の地下浸透に取り組んだとのこと。浸透マスのほかにも玄関先には甕を活用した雨水貯留。甕から溢れた雨水は、浸透マスのオーバーフローとあわせて手入れが行き届いた庭のビオトープへ流れ込むようしてありました。

浸透マスとともに気になったのが、このあたりにはひとかかえ以上もあるヒマラヤスギが何本も見られたことです。「これは、昭和2年に成城学園がここに移転してきた際に建てられた住宅のなごりで、当時、洋館にはヒマラヤスギ3本が、日本建築のお宅には松が植えられたものなのです」との中川さんのお話は、改めて成城学園の街の歴史を感じるものでした。

国分寺崖線は湧水と動植物の宝庫

(左)みつ池は、かつて田んぼに水を送っていた。湧水が稲作には冷たすぎるので、三つの池で水温を上げたのが名前の由来。「成城みつ池を育てる会」が調査・環境活動を実施。一般の人は年4回の体験教室の時のみしか入れない。 (右)成城みつ池の前の住宅地にて、湧水が流れ出る水路に多数のカワニナがいた。みつ池周辺にはゲンジボタルが生息する。

(左)みつ池は、かつて田んぼに水を送っていた。湧水が稲作には冷たすぎるので、三つの池で水温を上げたのが名前の由来。 (右)成城みつ池の前の住宅地にて、湧水が流れ出る水路に多数のカワニナがいた。みつ池周辺にはゲンジボタルが生息する。

通称「不動坂」と呼ばれるS字の急な坂道を下りきると、左に喜多見不動堂の小さな滝と祠のある池があります。そして成城学園前駅ホームは地下だったはずの小田急線の電車が、高架線で目の前を通過していくのを見て不思議な感じがしました。実は、この坂、台地の上から野川と同じ面に向かって国分寺崖線を一気に下っているためです。不動堂の池の前から右に崖線を見ながら歩くと、左には比較的新しい戸建て住宅、その向こうには野川、野川の向こうには小田急線の車両基地があります。

「野川が改修される前までは、車両基地のあたりまで見渡す限り田んぼが広がっていたんです。湧水を農業用水として遠くの田んぼにも行き渡るように、水位をできるだけ高く保てるよう堰を設けていましたが、今でもこの成城みつ池*1にみられます。」と今田さん。また、みつ池からの湧水が野川に流れるせせらぎには、ゲンジホタルのエサであるカワニナが多数生息しています。中川さんや今田さんは、「成城みつ池を育てる会*1」の環境ボランティアとしてこの地域の動植物の観察や保全の活動をされ、野川(世田谷区部)の多自然川づくりを考える連絡会の事務局もされています。

また、「市民緑地*2」(都市緑地法による制度)や区独自の「小さな森」の制度を利用して、民有地を地域の人が利用できるようにして、緑地を守るため、区役所とまちの橋渡しをすることもその活動の一つです。

 役所と協働で“世田谷ダム”事業

国分寺崖線を守るためにつくられた団体「崖線みどりの絆・せたがや」の会長・中村さん宅に設置された雨水タンク。

国分寺崖線を守るためにつくられた団体「崖線みどりの絆・せたがや」の会長・中村さん宅に設置された雨水タンク。

湧水を保全するため、雨水の地下浸透をよりいっそう進めるべきと考える中川さんたちは、2012年度の世田谷区の提案型協働事業として、「崖線みどりの絆・せたがや」として世田谷区と「世田谷ダム構想」を成城での取り組み提案し、実施することになりました。

世田谷区の雨水浸透施設助成制度は工事費の80%助成ですが、これが無償になればもっと普及するだろうと、80%助成の金額で施行してくれる業者さんを探しました。その代わり、地元の自治会などを通じて世田谷ダム構想のPRをしながら、住民に対して希望者をまとめることを請け負いました。その結果、これまでに200軒ほどが設置しました。また、現在、世田谷区では新築の家には雨水浸透施設の設置を義務づけているため、これからも着実に増えていくと見込まれます。

雨水タンク設置については、助成金が雨水タンク本体と取り付け工事費の合計の2分の1で、35,000円が上限で、無償というわけにはいきません。しかし、PRで取り付けてくださった方もあり、これからも普及啓発が大切です。

つながる緑

マンションのモデルルームであったものを譲り受け、(一財)世田谷トラストまちづくりビジターセンターとなっている。延約300人のボランティアが活動する拠点となっている。世田谷ダムのシンボルのように雨水タンクが設置されている。

マンションのモデルルームであったものを譲り受け、(一財)世田谷トラストまちづくりビジターセンターとなっている。延約300人のボランティアが活動する拠点となっている。世田谷ダムのシンボルのように雨水タンクが設置されている。

このような雨水活用の取り組み以前、中川さんたちはここ成城の緑と湧水を守りたい一心で、様々な活動をされてきたそうです。野川沿いの遊歩道を歩きながら小田急線車両基地の上の緑地に出てみると、対岸の国分寺崖線を見渡すことができ、左手に野川の上流を望むと調布市内のNTT研修所にまとまった緑が見えました。その手前には崖線の緑に溶け込んだマンション群。「ここは、以前ビール会社の農地試験所があって、その後はグランドになっていたんです。そこに大規模マンションが建つことになったのです」と、懐かしむように中川さん。

中川さんたちは、地域住民として国分寺崖線のみどりある環境を守りたいとの立場から、このマンション計画に対し建設会社と区役所の間に立って、崖線からの景観から2階分を削り(22mの高さから15mとなった)、建物内に浸み込む湧水を利用してせせらぎとする提案をして実現させたのです。また、マンション敷地内に整備される緑道に樹木を植え込んだり、区内の工事現場から出て処分に困っていた大きな庭石を緑道脇のせせらぎに活用したり、そして極めつけは、販売終了後役目を終えたマンションギャラリー(モデルルーム)をそのまま(一財)世田谷トラストまちづくりビジターセンターに仕立ててしまったそうです。耐震基準を満たしているのに販売後は解体しなくてはならないマンションギャラリーをそのまま活用するというアイデアは、販売する側にとっても解体・廃棄する手間が省け大歓迎だったとのこと。もちろんマンションの計画自体も崖線を超えない高さに変更されるなどした結果、「国分寺崖線の連続した自然景観に溶け込んだ開発とすることができたのは大変だったがやりがいのある取り組みだった」と中川さんは振り返る。

雨をコントロールできるまちは人のつながりが大切

今回の取材では、中川さんたちとまちを歩いていると多くの人から声をかけられました。自分が暮らすまちで、時間をかけて育まれた人と人とのつながりは、何ものにも代えがたい財産という印象を強く受けました。一通りまちを歩いた後に今後の活動の方向についてもお話を伺いましたた。

2014年7月には中川さん、今田さんたちと世田谷区の職員は、福岡市の「樋井川流域治水市民会議」との三回目の連携会議に出席するために、福岡市を訪れたそうです。樋井川流域治水市民会議は、樋井川流域の洪水を機に、住民サイドで洪水を出さないまちづくりの活動をしています。住宅敷地内に降った雨は下水道に流さない「100ミリ安心住宅」の実践にも、大学が大きく関わっているのが印象的だったそうです、みつ池や野川をめぐる活動にも、大学を巻き込んだ活動などの広がりを持ちたいと意欲を話されました。中川さんや今田さんが目指す湧水や緑の保全は、まさに水循環の再生の取り組みでもあります。緑がなくなった、湧水が枯渇したから役所が規制すべきだという論理でなく、住民自らが自覚し社会の仕組みを作っていく、そのような意欲ある姿が印象的でした。

雨水活用が気候変動や都市化に対して有効に働くには、広く普及していく必要があり、このような市民の理解が必要不可欠です。

この記事をきっかけとして是非一度、成城みつ池周辺に足を運んでもらえるとうれしく思います。また、Google map航空写真などで、成城4丁目付近から野川に沿って遡れば、NTT研修所や深大寺、東京天文台、国際基督教大学、野川公園、武蔵野公園、東京経済大学周辺に連なって残る国分寺崖線の緑が本当に貴重なものであることも分かっていただけると思います。

*1 成城みつ池緑地:都有地(特別緑地保全地区)、区有地(緑地)、私有地(区・特別保護区)が混在。(一財)世田谷トラストまちづくりが管理する。絶滅危惧種に指定されている動植物が数多く残る貴重なサンクチュアリで、立ち入りが制限されている。委託を受けた「成城みつ池を育てる会」のボランティアにより、その時季に咲いている花の記録、湧水の水温・水量の計測、季節に合わせた草刈りや落葉かきなどの活動が10年以上、行われている。(http://www.setagayatm.or.jp/trust/map/spz/

*2 市民緑地:都市緑地法第55条に定められており、300㎡以上の民有地を緑地として保全することにより税の優遇が図られる制度。世田谷区では、国分寺崖線のみどりを活かし保全をはかるために、市民緑地の制度の活用を積極的に勧めており、(一財)世田谷トラストまちづくりが管理をしている。この管理には市民緑地として公開するにあたり、整備内容を考えて作業を行ったメンバーが、公開後もボランティアとして管理作業に取り組んでいる。このほかにも、成城地区の国分寺崖線には同様の市民緑地が複数あり、(一財)世田谷トラストまちづくりのホームページにも紹介されている。ちなみに市民緑地は、固定資産税・都市計画税が10割減免、20年以上の契約をした際には相続税が2割減になるそうで、このように目に見える形でのメリットも、活動の裾野を広げていくためには重要ポイントだ。

 

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