活動記録

雨タスサロン12:雨+森 蔵治光一郎さん(東京大学大学院農学生命科学研究科・教授)のお話

Webあまみず編集部

雨タスサロンで蔵治光一郎教授(中央)のお話を伺った。

写真1 雨タスサロンで蔵治光一郎教授(中央)のお話を伺った。

4月12日(木)に開催した雨タスサロンは、東京大学大学院で森林水文学を研究していらっしゃる蔵治光一郎*教授(以下「蔵治先生」と呼びます。)をお招きして、雨と森の関係についてお話をしていただきました(写真1)。

蔵治先生の現在の役職は、附属演習林の企画部長で、東京大学大学院附属演習林の取りまとめ役です。東京大学附属演習林は、1894年に千葉県の清澄山に設置されて以来、北海道をはじめ全国に7カ所あります。長年にわたって森と水と人間の関係について科学的な眼で観察・研究をなさっています。

森林水文学は、日本では1900年に東京帝国大学(現在の東京大学)から始まりました。明治時代になると、江戸時代からの建材、薪や炭の生産、家畜の餌等による森林からの収奪と、更なる乱伐が続き、ハゲ山があちこちにできてしまいました。明治中期には大洪水が全国で発生しました。このため明治政府は河川法、砂防法、森林法の治水三法を制定し、森林法では保安林制度等の規制がされるようになりました。森林水文学は森と水との関係を探る必要性に迫られた時代背景から生まれました。

今回は、雨と森の関係について複数の視点からお話をうかがいました。

写真2 東京大学千葉演習林で樹冠遮断の観測をした様子。72年生のヒノキで2年間測定。10ミリまでの雨に対して5.7%が幹に貯留された。(蔵治光一郎先生撮影)

写真2 東京大学千葉演習林で樹冠遮断の観測をした様子。72年生のヒノキで2年間測定。10ミリまでの雨に対して5.7%が幹に貯留された。(蔵治光一郎先生撮影)

森の水に関する作用と機能

森の水の流れに対する作用は3つあります。1つは雨水を一時的に貯留し、川へゆっくり流していく「平準化作用」。2つ目は雨水を一時貯留して根から吸い上げ、幹の中を通って葉の気孔から蒸発させる「蒸散作用」。3つ目は雨水を葉や幹の表面に一時貯留し、直接蒸発して地面に届かない「樹冠遮断作用」(写真2)です。

また、人間にとっての価値という視点でみると、森には、「水質浄化機能」、「洪水緩和機能」「渇水緩和機能」の3つの機能があります。

雨滴の衝撃エネルギー

森に雨が降るとどんな現象が現れるでしょうか?まず、樹木の葉や枝に雨が付くと、雨滴の大きさも5倍ほどに膨れ上がって、枝の高さから地面に落ちてきます。この雨滴の強い衝撃エネルギーにより、土の粒子が細かく砕かれて地面の空隙が目詰まりし、雨が浸み込みにくくなります。落ち葉や下草の覆いがあると、クッションとなって雨が地面にダメージを与えず、雨水は速やかに浸透していきます。地肌が直接見えている森では、浸み込まなかった雨滴が流れ出し、表層の土を削って、土も流出していってしまいます。

森は雨を呼ぶか?

山では、標高が高くなると気圧が下がって空気が膨張し、気温が下がります。平均的には100m上がると0.6度ずつ下がり、水蒸気は飽和に達して凝結します。したがって標高が高くなると雲が多くなり、雨も多くなります。しかし、山で実際の降水量を測定するのは至難の技で、正確なデータが得られにくいのです。風が強い、霧がよくできる、雨が横向きに降るなどの理由からです。

森は蒸散作用や樹冠遮断作用により、絶えず水を蒸発させており、平安時代から江戸時代にかけては「森が雨を呼ぶ」という思想をとなえた学者もいました。しかし、現在、日本では周囲の海から蒸発した水蒸気がほとんどの雨をもたらしているということが分かっています。大陸では事情が違ってきます。アマゾンやシベリアなどの内陸では、その場で蒸発した水蒸気から生成した雲で雨が降ります。このような所では森がなくなると降水量が減少する可能性があります。

森は緑のダムか?

図1 東京大学演習林生態水文学研究所穴の宮試験流域で観測された東海豪雨時の流量の変化

図1 東京大学演習林生態水文学研究所穴の宮試験流域で観測された東海豪雨時の流量の変化

森は、雨を溜めてゆっくりと川に流す「緑のダム」であり洪水の緩和になると言われますが、豪雨時は森は保水力は限界に達するので、それ以上の洪水緩和効果はないと言われたりもしています。この議論は、一般論として論ずるのは難しく、場所による違いが大きいのですが、十分な研究がされていないのが実態です。蔵治先生の研究では、2011年9月の豪雨の際に、愛知県瀬戸市にある東大演習林生態水文学研究所では、総降水量401.5ミリでしたが、降り始めから48時間後までの流出量は229.9ミリにとどまり、171.6ミリ(43%)の水量が一時的に貯留されたという観測データを得ました(図1)。大雨の時の観測は非常に貴重なもので、長期的に他の森でも観測が必要です。

森は水を消費するか?

写真3 伐採は森からの水の流出にどのような影響を及ぼすか?伐採しないAと伐採したBで比較した。伐採した方が年流出量が多い。(蔵治光一郎先生撮影)

写真3 伐採は森からの水の流出にどのような影響を及ぼすか?伐採しないAと伐採したBで比較した。伐採した方が年流出量が多い。(蔵治光一郎先生撮影)

「森は水を生み出す」と言われることに対し、「森は水を消費する」という反論があります。人間が利水を優先させるのか。あるいは洪水緩和を優先させるのか。価値の優先順位により、理想的な森の姿も変わってきます。科学的に議論すべきことが、政治性を帯びるとオール・オア・ナッシングの議論になってしまいます。ちなみに、先生の研究では、東大の千葉演習林で、1999年に2つの隣り合った谷で、72年生のスギ・ヒノキの人工林の一方(B)は、皆伐しその後同じスギ・ヒノキの苗木を植え、一方(A)はそのままとして、流量の観測しました。年流量は、伐採したBの方が約300ミリ増加しました(写真3)。この場合は、Aは樹冠遮断が変わらずありましたが、Bは伐採したことにより樹冠遮断が少なくなり、植えた苗木が成長した後でも、年流量が多い結果でした。これは、Bでは植林後も木が小さいうちは、樹冠遮断が小さいことを示していると解釈できます。

雨水流出抑制と森

写真4 人工林ではこんな土壌流出が起きている森がある。(丹沢にて 木平勇吉先生ご提供)

写真4 人工林ではこんな土壌流出が起きている森がある。(丹沢にて 木平勇吉先生ご提供)

自然林や管理がされている人工林では、土壌が流出せずに保水する力が大きくなります。しかし、管理されていない人工林(写真4)やシカなどの野生動物が下層植生を食べてしまっている天然林では、土壌が流出し、保水力が小さくなって、渇水緩和機能も洪水緩和機能も低下してしまいます。木の密度が高く、樹冠が閉塞している森では、樹冠遮断による蒸発作用が大きく、その上保水力が小さいとなれば、土が乾燥して「緑の砂漠」となってしまいます。林業の衰退とともにこのような「緑の砂漠」が多くなってきています。

森の管理を進めるために

森の維持のためにも、治水や渇水対策のためにも、人工林の管理は必要不可欠です。自然林であってもシカなどの野生動物による食害が問題になっています。そのためには人工林の間伐やシカの密度管理は欠かせないものです。

間伐については、木材の価格が低迷している現在、採算が取れず管理できないでいる人工林が多くなっています。日本では土地の所有権が強く、管理義務がないのが実態。森の所有者が管理を放置し、土砂流出、洪水の危険性などがあっても、ペナルティを課すのが困難とされています。近年、このような事態に対処しようとしている自治体があります。

愛知県豊田市は、市域の7割が森林で、人工林が過半数を占めています。2000年9月の東海豪雨では、ダムに大量の土砂や流木が流れ込み、市街地を流れる矢作川の堤防が越流寸前まで水位が上がりました。豊田市は、健全な森づくりに向け、森づくりの基本理念、市・森林所有者等の責務・役割、基本的施策の考え方等を示した「豊田市森づくり条例」を2007年3月に制定しました。市は各集落で、森の所有者に「森づくり会議」という名前の組織を作ってもらい、市と森林組合も協力して、土地の境界の確認、境界のくい打ち、計画的な間伐や作業道の整備など多岐な活動をしながら、災害に強い森づくりを進めています。(参考:豊田市の森づくりの方向@豊田市HP)

神奈川県では、県内の水道の約9割が相模川と酒匂川(さかわがわ)から取水しています。これらの川の源は富士山や丹沢の森に降った雨です。県では水源環境を保全・再生するため、県民に「水源環境保全税」を負担してもらい、間伐などの森の手入れや丹沢大山のブナ林再生の取り組みをしています。(参考:かながわの水源環境の保全・再生を目指して@神奈川県HP

 

お話をお聞きして、「植林は良いこと」「伐り捨て間伐は良くない」などと思っていたことは、人間の勝手な思い込みで、森に対し過剰な介入をしてしまい、取り返しがつかなくなることが一番やってはいけないことなんだ思いました。逆に自然は放っておくことが良いと無関心になってしまうことも、問題です。森を相手にすることは、一筋縄ではいかず、地域や地形、植生、野生動物、人間の介在の仕方などが複雑に絡み合い、改めて森の奥深さを感じました。先生が研究されている分野は、もっと多数の事例が公開され、市民も「森は心地よい」と軽い気持ちで捉えるのではなく、森にもっと関心を持つことが大切だと思いました。

 

*蔵治光一郎プロフィール:1965年生まれ。現在、東京大学大学院農学生命科学研究科・教授(附属演習林 企画部長)。東京大学の附属演習林では千葉や愛知にある演習林(生態水文学研究所)などで研究に従事。研究テーマは森林水文学の基礎的な研究を始め、市民と研究者の協働による森の健康診断やタイやボルネオ島などの熱帯山岳地帯における森林と水循環など多岐にわたる。著書として『緑のダムの科学 -減災・森林・水循環-』(蔵治光一郎・保屋野初子 編、築地書館、2014)・『森の「恵み」は幻想か 科学者が考える森と人の関係』 (DOJIN選書: 46)(蔵治光一郎 著、化学同人、2012)など、多数。